玉川上水沿いのジャングルからの徒然なひとりごと

これはうまい

2011-01-24 Mon 20:17

JR立川の駅、数年前に整備された
新しい改札口に面した「エキュート立川」。
そこに入っているわりとこじんまりした紀伊国屋に
このドリンクがあった。

「なつめ生姜」。
心と身体に沁みる味 とサブコピーにある。

CA2803540.jpg

なつめといっても、あの中華食材でドライ品として
売られているナツメではなく、
ナツメヤシのことだ。

125mlという手頃な量に対し
お値段は確か250円とかそのくらいしたように
思うので…まあいいお値段なのだ。

隣にあった「アサイードリンク」もひかれたが
今回はこの「なつめやし」(デーツ)入りというのに
ひかれて、試しに購入。

国産生姜のストレート絞り汁に、ライム、
それになつめやしの汁。原材料はそれだけ。
砂糖が入っていないのは、デーツの甘味が相当あるからだ。

デーツはドライ品をたまに見かけるが、
噛むともっちりじゃりっと濃厚な甘さだ。
黒砂糖の塊を食べているような、
身体にしみ入る甘さ。

以前シリアの農園で、ナツメヤシの樹を
宝物のように自慢していた、オアシスの町の
小さいプールと小さい農園経営のおじさんを思い出す。
「どーだ、こんな農園は日本に無いだろう」
「…そーですね、デーツは無いし。(果樹としては)」
(奥入瀬に連れて行ったら、水がありすぎてたまげるだろうなあ…)
砂漠の国では、この濃厚な甘味と濃い紅茶が
疲れを癒してくれる。実際、宝物なのだ。

で、このドリンク、
まず封を切ると、途端に鮮烈な生姜の香り。

ストレートだからだろうか、
かなり強めの香りがそのまま残っている。

デーツの甘味と、ライムの酸味、
どれも濃厚なので、これは勿論
ストレートでもいいが、暑い時は
かき氷にかけたり、ロックにしても
合いそうだ。

ウォッカと割れば、和製モスコミュールで
いけると思う。

?ティストリアというところの製品だが
この材料なら、このお値段でも正直利益は
あるのかなと余計な心配をしてしまう。

聞いた事ない社名だし、なんだか発音しにくいから
日本の企業なのか疑問になって、検索してみたら、
イランの食品を扱っている会社だった。→クリック。
これは珍しい。
どうりでデーツを使っている筈だ。

見た事もない色のレーズンや、ジュースに漬けた
ソフトチェリーなど、とてもひかれるフルーツが。
ううむ。これはブックマークだ。

安全性に気を配っている会社のようだが、
経済制裁で、そもそも化学肥料が入らないから、というのも
逆説的で考えさせられる話だ。

経済制裁がいつか解かれる時がきたとしても、
某国の○ンサント社の毒牙にかからないように
あってほしいものだ。

イランには行った事が無いが、旅先で会った人によると
とてもホスピタリティのある(これは、なんかすごく想像できる…)
ご飯が最高に美味しい国だった、という。
誇り高きペルシャ。

そうそう、イランと言えば。
このコミックは、なかなか知ることの難しい
イランの人の描いたものとして、純粋に表現として楽しめる。
月並みな表現だが、国の違いで人生がこんなにも違う事を、
同時に、国が違っても変わらないものを感じさせられる。
最近のコミックの、キラキラし過ぎてロボットみたいな絵柄に
違和感を覚える人にも、おすすめ。
「ペルセポリス」(1,2刊)
あれっ?前にも書いたっけ。まあいいや。

風邪気味の時や、しゃっきりしたい時にも
きっといいのではないかと思う。
風邪菌など吹っ飛びそうな生姜パワーを
感じる。

見かけたら一度お試しあれ。

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やっと来た!青森から

2011-01-23 Sun 20:27

秋に青森からリンゴを売りに来る
農家の方がいる。

だいたい10月過ぎと、年が明けて春になっての2回。

普段はなるべく農薬を削減したものを選んで買っている自分だが
こういう、季節のものをトラックで売っているのには
わりかし弱くてすぐに買ってしまう。
(赤坂等で酔っぱらい相手に安く小さいメロンで釣っておいて
そのあと高額のメロンを売りつけるトラックを見て、
お値段には注意している)

このブログでも過去の記事でこのリンゴの事を
書いたが、昨年はとうとう会わなかった。

留守の時だったのかな…

猛暑で農作物に影響が出ていた事だし、
今年はわざわざトラックでここまで売りに来る程は
出来なかったのかもしれないなあ、と思っていた。

そしたら、今朝、ちょっと近所に出ようとドアを開けたら
目の前に人が来るところに出くわした。

向こうも驚いていたが、
前掛けに白抜きで弘前りんごと書いてあるので、
「ああ、リンゴの方ですね」と言ったら
「何で分かったんですか」
いや、わかります…

いそいで財布を取りに戻り、トラックを見に行くと
その前掛けの人のお父さん、いつものおじさんがいた。

その昔弥生人に追われて九州と北に散らばった人
という感じの風貌が(あくまで比喩です…)
うちの田舎の親戚の誰かの様だ。

木製のリンゴ箱に、緑の国光と赤いふじ。
(あれ、つがる?)←ちゃんと覚えろって。

その場で2種類を切って味見させてくれるが、
「こっちは柔らかいんだけども、酸味はあまり無いんだよ」

好きずきだが、肉質の柔らかい国光は、
香りは洋梨の様にいいんだけど
果物は酸っぱくなくては、の自分にとっては
このふわふわした甘い風味が、
なにかもうすぐシーズンが終わってしまう味のように
寂しくなるので、ふじのほうにする。
水気がたっぷりあるのに酸味もあって、ほんとにおいしい。
歯応えもカリカリシャリシャリ。最高。

「今買って行った人は、国光の方だけ買って行っだね」
ほんと、好きずきですから。

「2キロください」

「いつもどおり3キロでどう?2千円にしとくから」

いつもの量を覚えているおじさんに
今回もまんまとのせられ、3キロをバネ秤で
はかってもらう。

おまけで国光1個入れてくれた。

「干し芋どう?うちのばあちゃんが作ったの」
すごくひかれるけど…今家にはサツマイモが
まだまだ閉じ込められても1ヶ月は大丈夫なくらいあるので。
スミマセン。

DSC_052200.jpg
今年のリンゴは1個が大きい。「世界一」っていう品種かと
思えるくらいのも1個混ざっていた。
量ったらそれは1個で400g超。ひえー。


暑かったから大変だったんじゃないですか、と聞いたら
「いや、そう思うでしょ、でも、その前に春が低温でね
それで遅れたんだ。そんで今はもう雪がすんごいし」

ほんとうに、農業は天候次第だ。
栽培の労力もさることながら、遠路はるばる
こんなさしたるお金持ちもいなさそうな
(他の家に失礼きわまりないな、この表現…)
住宅街に売りに来るのに、いったい儲けはあるのかと
いらん心配をしてしまうが、
また次のシーズンを待ちましょう。

今、階段の一番下ではリンゴの
いい香りが漂っています。

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東大和 廃プラ施設 まちづくりの意味するもの

2011-01-23 Sun 20:22

今回は直接廃プラ施設の事ではないが、
関連市つながりということで、今小平市で進行中の
3・3・8道路計画に少し触れたい。

昨年の11月末の事だが、
地域の問題に関心のある方々の集まる会というものに
参加した事がある。

断っておくが、自分は決していわゆる傍聴マニアでも
政治オタクでもない。何かの会に属してもいない。

自分の住んでいる地域の事だから必要に迫られて
時間のある時にだけ自分のできることをしているにすぎない。

そこまでする必要がなく日々の生活を送れるのなら、それが正直
ラクでいいわ、と思う、世の中の大多数と思われる人達と同じだ。

DSC_07820.jpg
キジバトが野良猫のようにあちこちでガサゴソドングリ食べてる。

玉川上水沿いの緑道は、さすがにこれだけの緑の道となると
申し訳ないと思うのか、健康志向の人が歩く場所のためか、
タバコを吸いながら歩く人も殆どいないし
ゴミをあからさまに捨てて行く人も少ない。
でも、全くゴミが無い訳ではない。
DSC_06500.jpg

この流れが再放流される前は、涸れた「元水路」には
ゴミが投棄されて、ひどい状態だったと聞く。

きれいな場所には人はゴミを捨てないが、
そこに誰かが何か1つ捨てると、「他の人も捨ててるし」と
次第にゴミが増えて行く。
だから今緑化整備中の上水沿いは、数十年前のその
「枯れ上水」の頃よりぐっときれいな状態だ。

その玉川上水沿いの緑道をまっすぐ東に向かって歩いて行くと
かつていた大学の近くに出るが、そこも通り過ぎてどんどんいくと
西武線の鷹の台駅のすぐ側に一度出る。

線路を渡ってまた上水沿いを行くと、
駅に隣接してある体育館を見ながら歩く事になるが、
この辺りで今、1960年代初頭という遠い昔に計画され
数十年塩漬けにされていた道路拡張計画が
バブルがはじけ去った1995年になぜか突如再燃、
隣の国分寺まで段々と買収が進んでいるという。
都道3・3・8号線計画→クリック。

現在なんとか残されているのはその小平市の区間で、
もしこの区域に工事が着手されれば、
鷹の台駅近くの体育館の側に残された樹林も削り、
玉川上水を分断する形での道路工事が進むことになる。

小平市が観光資源としても宣伝している玉川上水を、
どうしてそういうことにするのか。
枯れたゴミ溝だったのを、わざわざ整備したのに、
まして今は、玉川上水を昔の姿に戻すということで
植栽の整備等をしている最中だ。
それなのに、矛盾していないだろうか。

DSC_00690.jpg

そんな道路計画があるらしい、という事を聞いたのが
昨年春だ。
その時はどの地域なのかよく分からなかったが、
昨年11月のその会合で、反対している付近の住民の方から
説明を聞いて、非常に身近な問題だと思った。

学生当時、その場所はよく通った。
小平市はいまだに保存樹林が残されているほうだが、
それでも次第に住宅開発が進み、自分が学生だった頃と
比べれば、畑や樹林は目に見えて減っている。

住宅化等は地権者の決定であって仕方無い事ではあるが、
今回のこの「都道3・3・8号線」計画の話は、
相変わらずの土建体質そのもの、いったん決めたら
反対があろうと、小児ぜんそくが増えていようと
必要のあるかどうか今となっては疑問な道路建設を
ごり押しですすめようとしている様が分かる。

「小平だけが、嫌だって言えないでしょ」
という行政の対応。
その言い方は、本当は必要ないと思うが
他所も作ってるんだし、うちだけ工事しないんじゃ
道路として成り立たないし…ということなのか。

小平市長は、それまで地主色の強い保守王国だった
小平市で、若く革新的な市長誕生として耳目を集めた。
クリーンなイメージがあり、自転車通勤しているなど
長期にわたって市長の椅子にこだわって来た
どこかの市長とは違う、と思いたい。

しかし、最近どうもが小平市長の対応に
多く感じられる。

廃プラ施設についての住民説明会のやり方も、
この338号道路へのそれと、少しも変わらない。
合意形成へどれだけ時間を割いて来たか、
それが見えない。

そこに全く道路がこれまで無かったのならともかく、
そういう場所ではない。そして人口はどこも減少傾向だ。
それなのに、わざわざ工事する必要があるとは、思えない。
示された予想交通量も、センサスの結果とは逆のもので、
根拠がよく分からない。

DSC_001600.jpg
昨年春撮影。昨年はこの巨木コナラも実つきがとても悪かった。

この日の会合で、結局のところ住民というのはわがままでもあり、
自分の身に何かがふりかかって初めて気付くが大抵の場合遅く、
それをなんとかするには日頃から自分の住み良い環境に
していくように注意すること、勉強して話し合って
時間をかけて合意形成をしていく努力をしていくこと…
まちづくりというものは、すぐにできるものではなく、
それには住民が意識を持つ事。

というようなお話を聞いた。

これはごく当たり前のことだ。

それが難しいのは何故か。
まず、注意しても気付きにくいような情報開示のあり方が多い。
そして、何かの計画があると気付いて、調べ、人に会い情報を
仕入れ、仲間を募る…

これには正直かなりの労力と時間がいる。
行政側にはお仕事でも、大抵の場合住民は自分の持ち出しだ。

平日朝から晩まで家にいない勤め人には正直キツい。
小さい子持ちや介護の必要な家庭にも。

そして、そんな中頑張って行政側に働きかけても
得られる返答はお役所的なものでしかなく、
核心に触れずのらりくらりかわされるうちに
「決定された事なので」「前例が無い」「法にのっとっている」
で結局進められる。

選挙へ行く人が少ないのは確かに無関心自体もあるが
訴えかけても真剣に取り合ってくれないのに選挙の時だけ
「お願いします」って言って来る、そんな市議に
今更何をっていう気になっている人も、中にはいるのではと
思うこともある。

しかしだから何もしなくなってしまうのは
あまりに救いが無い。あきらめたらそこで終わり。
結局それでは自分の身に最後に降り掛かるのだ。
彼らに税金をお給料として払っているのは自分達なのだ。
何か言う権利は当然あるだろう。

その会合の例では、いかに行政側が、普通の住民を
まちづくりに協力してもらうために、
うまく誘導させていったかの話を聞く事ができたが、
人は桜の木を育て保護するといった、なんだか
プラスの方向のテーマならば積極的な傾向があるが、
それがいわゆる「迷惑施設」についての事ならば、
果たしてどうなっただろうか、とも思った。

何かに反対するのは、ネガティブなエネルギーの使い方になるので
疲れるからだ。周囲の人からも、「何にでも反対する人」と
(特に田舎では)思われ、嫌がらせ等も起こる。
そして、ただ反対するのではなく、代替案も出すほうが
話を聞いてもらえる率は高くなるが、それにはある程度勉強が
必要になってくる。

DSC_07810.jpg
カラスの巣かな。

日本は人口減少をしている。
まともな対策もなさそうだし、今のままならば
多分もっと人口は減って行くだろう。
それでいいのだ。
そうすれば、ゴミの処理だってラクになる。
車が減るから、空気もきれいになるだろう。
特に東京は、少しくらい人口が減って丁度いい。
今迄、過密だったのだ。

そんな時代に、今頃でっかい道路を、緑を削ってまで
造るなんて、時代錯誤もはなはだしい。

東京オリンピック開催にこだわるどこかの
知事じゃあるまいし、もうMake it big!な
構想は、業者と行政は幸せでも、住民にとっては逆だと
いいかげん悟ってはどうかと思う。

そして、実はあの道路や、廃プラ施設も
とりたてていらないと個人的には思っているけど…
という小平市議は、今、その態度を「個人的」
にではなく、政治家として表明してほしい。

もちろん、道路建設あるいは廃プラ施設建設に反対しない市議は、
肯定=賛成しているということなのだろうから、
なぜそう思うのかを説明してほしい。

態度を明らかにすることは、選挙民への義務だ。
それをせずに保身のみで、さしたる働きかけもなく
ただ漫然と居るような人ならば、選挙民は必要としないだろう。

今は、住民は市という枠を超えて、情報を簡単に
やりとりできる時代なのだから、
自分の態度をもう少し考えたほうがいいのでは、と
無関心な政治家に思う今日この頃。

※3・3・8号線計画について、玉川上水を
愛する方々のご協力を会では募っておられますので
(詳細は前述でリンクしたブログにて)
興味関心のある方はどうぞよろしくお願いいたします。

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「トイレの無いマンション」ーこちら特報部

2011-01-22 Sat 23:55

東京新聞の朝刊にある「こちら特報部」という欄が、
なにやら近頃注目されている、らしい。

「らしい」と書いたのは、この東京新聞自身が
「特報部」への読者の反応が良いと書いていたので
その分を差し引いたほうがいいかと思ったからだ。

しかし、自分も東京新聞のその「特報部」の
「へこたれない人々」の記事で、非常に興味をひかれた
ものがあった。それ以来この欄は読んでいる。

それは、宮崎の口蹄疫の発生牧場とされた水牛牧場の
元経営者を取材した記事だった。

今は「マスゴミ」等と揶揄されるほど、
報道機関の信用は落ちているが、しかしその「マスゴミ」の
報道を真に受けるのは読み手の自分達だ。
いろいろ言われているが、
雨の日にはビニールに入った状態で、
暑い日も寒い日もいつもきちんと届けてくれる
日本の新聞のシステムは有り難いので、販売店に
感謝しつつ自分はまだ新聞をとっている。

東京新聞のその記事は、口蹄疫流行の際
自らも誤情報を流した立場としての反省に立ってのもので、
信じられるものが無くなったその牧場経営者の男性が
取材に応じた理由が分かる様な内容だった。

今はネットに様々なニュースソースが溢れているようでいて、
元を辿れば案外限られた、どこかのサイトからの
真偽不明な情報だったり
逆に主要紙がそろって同じ記事で気持ち悪かったりと
自分でニュースを選択するにも、果たしてそれは可能なのかと
最近疑問にも思う。

DSC_05130.jpg
窓から壁に投射した太陽の光がゆらゆらと室内を移動していく。

今うちではTVを殆ど見ない。
だから正直「地デジって言われてもなあ…面倒だなあ…」
で、まだ何にもしていない。
だいたい、ニュースでそこらのおじさんの口元のアップや、
加齢臭が漂ってきそうな政治家のアップとか、
もう勘弁してくれ、な映像が多くて
そんなものを鮮明な映像で見たく無い。
たまに量販店のTVでタレントのアップを見ると、
本当に気の毒になるほどだ。

で、そんな中、TVCMで不思議に思うのが電力会社。

「電気を大切にね!」と言っていたのに
世の中は今新築マンションなら「オール電化」でないと
古いかのような広告ばかり。
確かに、お年寄りの台所はIHのほうが安心だろうとか
老親のやかんかけっ放し話を聞く身としては、分かるのだが…

でも、オール電化にする意味がどんだけあるのか、やっぱり
分からない。夏場は節電しろだなんだ言うのに、
なんでだろう。

「コンクリートから人へ」というのとは真逆だろ、
と言いたくなる原発推進という「国策」と
この「オール電化」は、どうもセットのようだ。
24時間稼働していないといけない原発、当然夜間は
電気消費量が落ちる。そこで、夜間電力は安い、を売り物に
こういうマンションを増やしている…という話を読んだ。

このブログだって、パソコンを使用している以上、電力のお世話に
なっている。じゃあ反対するなら、全部やめろよ、というのが
たいていの推進派の方の意見のようだが、
そういうオールオアナッシングな事ではなく、
動力源が電気でなくてもいいものと、
それでなくてはいけないものがあって、使い分けるのが
普通なんじゃないか、という事だ。

それに、もしもの事を考えるならば原発以外の
発電方法を併用(今ももちろんそうだが)すればいい訳で、
事故の影響の大きさを思えば、原発の占める割合は極力
小さいほうが理にかなっている。

それなのに、わざわざ推進するのがナゾだ。

例えば、立地と効果が条件に合致するのなら
今後新築するものにはソーラーシステムを
積極的に導入できるように、その気になれば
国の施策として可能ではないかと思う。
なんせ毎年酷暑だなんだと言っているのだ。
都心の住宅密集地等で難しい地域は、
近くの大型ビルと契約してそこにソーラーを、
なんてのも考えられるだろう。

そういう技術の開発がエコというのなら分かる。
でも、CO2を出さないからという理由で
原発がエコだと言うのは無理がありすぎる。

広島と長崎の両方で被爆した「二重被爆」の
山口さんを、「世界一運の悪い人」と
番組でコメディ扱いにした、と
BBCが在英邦人の抗議を受けたが、
戦争での被爆を受けた日本人こそが、
本当の意味でクリーンなエネルギーの開発を
世界に先んじてやる意味は、大きい筈だ。

風力発電は、本来クリーンな方法なのだろうが、
そういった「エコ」な業種にも様々な利権が絡むらしい。
そして、住民にろくな説明を行わず、
一部の人の利益のために巨大な施設にしたがるから、
低周波被害といった問題が後々まで軋轢を生む。
立地条件のためか、肝心の発電も期待していた程でもなく
一体なんのために…という事もあるようで、
せっかくの風力発電のイメージを落としているケースもあると聞く。

それでも、風力は子々孫々に廃棄物の処理という問題を
残す訳ではない。
やたらと巨大化せずに済むシステムが出来、
業者や行政の変な癒着が生じず、
住民への説明と理解があれば、
そして本当に条件の合う地域ならば
本来クリーンなエネルギーとして受入れられるだろう。
DSC_05140.jpg


問題は原発だ。

立ち退かない住民には札束攻撃。
もうあの手この手。
それがよく分かる記事が、1/17付の東京新聞
「こちら特報部」の「へこたれない人々」だった。
本州最北端の町の原発にたった1人、反対する女性を
取材している。

文末にある、「デスクメモ」には、
デスク自身も地方出身で、だからこそムラ社会で
1人抵抗することがどんなに大変な事か
容易に想像出来る。とある。
昔から代々住み、その土地の恵みを受けてきた人達が
「地域振興」という名目で巨大な利権の産業に
振り回され、反対派賛成派に分断され、
やがては土地を離れ、そんな大人を見て育った子供も
都会へ流出…

そういった事を、電気の消費者である
「都会の人」も本当にのぞんでいるのだろうか?
そんな電気は自分は望んでいない。
洗濯機と、照明と、パソコン、後は扇風機と
ファンヒーター用電源があれば、他は掃除機やめて
箒にしたって構わない。この際TVも無くていい。
何だったら、一日で使える電力の上限を決めてもらったって
構わない。

この地域のマグロは、高級マグロの代名詞になっている、と
ここに紹介されているのだが…→ココ。
勿体無い話だ。原発は海水を冷却のために使い、
温まった海水をまた海へ戻している。
これが海水温上昇の原因と囁かれているらしいのだが、
漁場へ何らかの悪影響が出ない事を祈りたい。

この記事の翌日、18日の東京新聞夕刊に、
まさに前日のその記事で社名の出ていた、某会社のエラい方が
思った通りCO2削減に寄与する、を引き合いに、
「日本の将来」を語っておられた…

究極の皮肉だ。
逆の順番で紹介しないところが、
東京新聞のセンスの高さだろう。
頑張ってほしいものだ。

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「トイレの無いマンション」ーこんなところに銀河鉄道999

2011-01-21 Fri 00:02

少し前にネットで知った、九州の
玄海原発で事故があったらしい、というニュース。

なんでも昨年12月にリークされ、
NHKニュースでも一度報道されたとかいうが
既にリンク切れだし、
情報が錯綜していて、一体どれが真実なのか
それから1ヶ月以上経つ今も、調べててもさっぱり分からない。

原発に反対の立場の人にとっては
ソレ見た事か、であり
推進派の人にとっては最初のソースがガセだった、
ガイガーカウンターを売りつけたいだけのデマだ、であって
ほんとのところどうだったのか?
実家がそう遠くないだけに、心配だ。

現在九州電力のサイトを見ると、
事故が言われた3号機は12/11の停止から、現在は定期検査中とある。
では、停止したらしいというのはとりあえず本当だったのか。

ヨウ素の測定値のグラフが、「検査中」のためか見られなくなっている。
この値が高くなっていました、という報告があったようだが
それも今は確かめられない。
他の稼働機のヨウ素測定値は、過去のデータまで
さかのぼって見られるのだから、
現在検査中の3号機も、それ迄の観測データくらいは
サイトで見られるようにしておいたほうが疑惑をよばないと思うのだが。
離れた場所にいる自分から見て、玄海原発のこの事故ニュースに
ついては、ほんとに分からない。

ただ原発というものが、側に建てられる側からすれば
手放しで歓迎されるものでは
どう考えてもあり得ないものであり、
過去の東海村の事故、柏崎の測定値の変動等を見ると、
隠蔽しているのではとはたから思われるような
対応しかしていないのでは、この先も信頼を得るなど
無理だと思う。

そして、いくら「安全です」と強調されても、
二酸化炭素削減、クリーンだと言われても、
一回大規模事故が起これば治療の施しようもない
悲惨な放射線障害を引き起こす様な物質を扱っているのは確かだ。
JCOの事故の、被爆した方が亡くなるまでの病院での様子の
記事を読むと、遺伝子レベルまで破壊され、
懸命な医療対応でも救えなかった様が
あまりに悲惨すぎる。

中学の時に学校で観た原爆被害の記録映画「にんげんをかえせ」
とかぶってしまい、もし自分の家族がそんなふうに亡くなったら…
と思うと、この発電方法にはNOと言いたい。
生物の遺伝子、生殖能力に影響を及ぼし、
後の世代にまで負の遺産を背負わして電力をまかなわないと
いけないとは、思えない。
事故が絶対に起こらない、なんて誰も言えないのだから。

同時に、原発は廃棄物の処理に困りながら稼働している。
全然、クリーンなどではない。世界中の国が放射性廃棄物の処理に
困っているのが現状だ。

水で消える性質の火を扱うような発電とは根本的に違う。
人間が太陽のエネルギーを科学の力で手に入れてしまった。
出るゴミの対処法も、甚大な被害を受けた人の治療法も
確立されていないけど、そのうちきっと科学の力で
また解決方法が見出せるだろうから…と見切り発車で
使っているようなものだ。

半減期まで万年単位の年月を必要とする物質もあるなど、
どう考えてもツケを自分の子々孫々に回し、
何はともあれ生活レベル落としたく無いし目の前の電気供給
…という様な、相当心配な発電方法だと自分は思っている。

※これには異論もあるかと思うけど、
あくまでここはお気楽主婦ブログですので、
個人の感想を述べているだけとお考え下さい。

DSC_03120.jpg
エコというのは、そういう施設の側の畑で作ったものを
安心してバリバリ食べられるようでないとそうとは言えないと思う。


怖いのは、最近特に、何かのお墨付きでももらったかのように
「温室効果ガスを出さないクリーンな発電」
と原発がエコな物のように強調宣伝していることだ。

今回九州電力のサイトを見たら、九州の出身である松本零士の
銀河鉄道999のオリジナルアニメが載っていた。
1話だけ見てみたが、早い話原発の宣伝だ。
太陽からのエネルギーだけでまかなっている星が、
他の発電方法をとっていなかったので、
何かのトラブルで電気ストップしてしまった…という内容。

だから太陽光、火力、水力、風力以外に原発もね♪
ということなのだろうが、
これもなんだか皮肉だ。
アニメの中の星のこの「太陽のエネルギー」というのは
いってみればそのまま「核融合反応での発電」=原発
ともとれないこともない。
むしろ、原発一本でまかなってた星が
失敗した…という相当ブラックで逆説的な話にも
自分には思えた。

なんにしても、子供の頃憧れた999には出て欲しくなかった…
訴訟問題といい、松本センセイにはちょっとガッカリだ。
巨大企業からオファーがあれば断れないのだろうけど。

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かはづ43

2011-01-20 Thu 20:30

昨年10月に合羽橋で購入。

DSC_03130.jpg
なんとなく春の日差し。

和小物をメインとした品揃えのお店で、
親指の先くらいの焼き物のケロが
いくつかディスプレされているのを発見。

シロップ入れにしてもあまりにも小さい。
何に使う、というものでもないのだろうが
口がぽっかり開いていて、中空になっているから
何かに使えそう…
でも、やっぱり飾り物なのだろう。

DSC_03150.jpg

高さ2センチ無いプチサイズ。
小さくても、ケロの特徴を捉えた
目のまわりの形やお腹の白さ。
DSC_03160.jpg

焼き物のつるんとした質感も
いかにも雨蛙のそれっぽい。

焼く時にくっつかないように底に置いたものが
(左のケロのお尻の丸い部分)
本体のお尻にくっついてしまって、
置くとちょっとカタカタするのだが
そのサイズがまた小さくて笑えます。
DSC_03140.jpg

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頭の上のリスク

2011-01-18 Tue 20:25

当日に書くべきが、遅くなってしまった。

先週の確か10~13日のいずれかの事だと思う。

朝7時から、ヘリの音がした。

このあたりは、朝8時過ぎると飛行訓練か何かの
ヘリの音が聞こえるのだが、今迄7時から音がすることは
なかった。

だから、目覚ましを間違えたかとおもったくらいだ。

飛行ルートになっているようで、だいたい3種類かそのくらいの
様々なヘリがこのあたり上空を跳ぶ。
立川、入間、横田がそう遠くない。
前後にローターのついた大きな「軍です」って形のヘリが
複数機飛んでるのを見るとさすがに怖い。

近くでぐるっとまわって基地に戻って行くのを見ると、
行きと帰りで音がダブル被害になるのがうらめしい。
夜は遅い時で8時近くまで聞こえる時も。

毎日同じように聞こえるわけではない。

10分おかずやたら飛んでるように聞こえる日もあれば、
ほとんど分からない日もある。
天候での違いで音が低く大きく聞こえたりの変化がある。
一度に3機飛んでいるケースもあり、その時は
結構な音になる。

どちらにしても、近づくとTVの音は聞こえにくくなる。
まあTV自体殆ど見ないのだが。

それと困るのが、振動がくることだ。
ばたばたいうローターの振動のせいか
窓ガラスがビリビリいったり、閉まっている筈の扉が
カタカタいったりと
嫌な感じの振動が生じることがある。
これは耳にびりびりと、耳鳴りのような状態に
なる時さえある。
これはいわゆる低周波被害ってやつなんじゃないのかと思う。

どんなにうるさくても、今迄8時前にヘリが来る事は
なかった。
2機くらいいるのだろうか?
と思って窓を開けたら、音はするのだが姿が見えない。

いつもはあのあたりに姿が見えるんだけどな…と思って
見たら、思ったよりも低いところに姿が見えた。
どうりで最初わからなかった訳だ。

どこのヘリだよコレ。
DSC_05110.jpg
うちのカメラではこれが精一杯。

いつも飛んで来るのは、この窓から見ると
電線よりもっと上に見えるのだが、
コレは低い場所に見える。
それと、光の加減でよく分からなかったが
シルバーか白い機体にも見えた。

このあたりを飛ぶのは、シルバーにオレンジのポイントのもの、
陸自のカーキのものなどは見かけるが
白は記憶にない。

それから30分経たないうちにまた聞こえた。

結局7時から8時の間に、3回程ヘリ音がした。

何かの取材ヘリとかだったのだろうか。

本当に高度は守られているのだろうか?
と思う事が普段からよくある。

調べたら、思いのほか同様にヘリの音で悩んでいる人が
小平、東大和に多いようだ。
小平では入間基地からのもの、東大和では立川駐屯地からの
ヘリの音がうるさいらしい。

前住んでいた所沢では、入間の関係で、NHKの受信料が
安くなっていた。これも今思えばよく分からん、何やら怪しい話だ。
そこに住んでいた間、入間からと思われる騒音を経験した記憶は
全く無かったから。
むしろ今いる地域のほうが実に頻繁にヘリが来る。

小平には、ヘリの定点観測を長いこと続けている方が
おられるとか。
それをどうするのかは知らないけれど、
これもまた、廃プラ問題みたく住む地域によって
反応が極端に分かれるような問題である事は確かだ。

神奈川の現在の青葉区に米軍のファントムが墜落した事故。
当時地方のちびっこだった自分には事故当時の記憶は無い。
ただ、当時の米軍の心ない対応を伝えるニュースは、
その後どこかで見て、記憶に残っていた。
なにせ、そんな事故を起こして、死人を出してるのに
自分は脱出してピースサインなのだから。
忘れろったって無理だ。

子供2人を亡くし、自分も大やけどを負った女性が
長引く治療に耐えたが、その後亡くなったというのを
その後随分経って特集記事で読んだ。
辛い治療は、「殺して」と叫ぶ程の苦痛だったとあり、
それを乗り越えた上での若過ぎる死には、言葉が見つからない。

その後精神を病んだと思わせる記述があり、
事故の恐ろしさを思ったのだが、今あらためてこの事故について
ウィキを見ると、精神病院への転院は半ば強制的だったと
遺族が主張しているとあり、もしそうだったとすると、
どこまで隠蔽したいのかと全く暗い気持ちになる。

これは遠い昔の話ではない。
事故自体が、という事もだが、
行政の冷た過ぎる対応がだ。
遺族から寄贈され、公園に設置された記念像が
事故にまつわるものだということが分かるような
まともな碑文を付けるのに、
像の設置から21年もかかったらしい。
つい5年前の話でしかない。

事故当時と、一体何が変わったというのか。
当然の事を発言することさえはばかるような体質は
変わっていない。

自国民を守れないばかりか、亡くなった後にも
そんな事実は無かったかのような
心ない対応しかできないのに、
ましてよその国の軍隊が、日本人を守ってくれるなんて
到底思えない。

「横浜米軍機墜落事件」←クリック。

上から落ちて来るものを、避けることなど
殆ど無理だ。

それは物体だけでなく音もそうだ。

飛ぶなと言っているのではない。
ただ、リスクに足元の住民が晒されているのは
確かで、音についても極力高度の遵守など、
配慮をしてもらいたい。
これだけ一日に何度も飛行が必要なら、日頃から広域住民に説明を
しておいたほうが、理解もまだ得やすいのではと思うのだけど。

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ばっさり

2011-01-17 Mon 20:10

昨年から、家の目の前の玉川上水の緑道で
計画的な伐採が盛んに行われている。
伸び放題だったヤツデ、アオキ、シュロといった
常緑で丈夫な低木はすっかり刈られ、
冬ということもあり両岸は土色がメインの姿になっている。
DSC_07890.jpg
コレは昨年春先の。まだ刈られる前。

110115_0901~00010
ん~…ダメだ、ケータイモードでは…
上水の上に岸に上がって餌あさるカルガモ達。
ちゃんと見張り役が一羽いるのです。ぐわ。


昨年の2月だったか、家の前のコナラの巨木があっさり
伐られてしまったのは、枝に枯れがあったとはいえ
メジロがたまり場にしていた樹ということもあって
正直さびしかったのだが
人が植えた樹は放っておく訳にいかず、
人が手を入れなければいけない。
…と言われているようだし、ノリ面の崩落を思えば
仕方ないのだろう。

CA2803260.jpg
矢印、小型のキツツキ、コゲラです。
スズメより少し大きいくらい。
小平市の市の鳥とか。
人の近くでもやってきて、コンコンやってます。
ビーと鳴いてたらそれ。


年が明けて、正月早々またチェンソーの音が
聞こえるようになってきた。

玉川上水を昔の姿に戻して行くということで、
伸び過ぎた樹や下草の伐採、ノリ面の手入れといった
作業を、10年くらいかけてじっくり取り組んでいく
中長期的計画だ。

昔の姿といっても、当時はどうだったのか
知る人は少ないだろうし、住居が近くにある今は
環境保全の面からもまた違ったアプローチがあるに違いない。

で、いつもは柵のある部分を一部取って、
そこから作業車が入って枝払い、伐採の作業をしていく。

CA2803320.jpg
いつもはここには柵があるのです。(矢印のがそれ)
この緑道の中は、ホントは自転車も下りて、ということに
なっているらしいが…


玉川上水にかかる「上水小橋」。
橋だけど水面近くに下りられるので、緑道より下った低い場所にある。

CA2803290.jpg
皆がパンをやりまくるので肥える一方の鯉。
パンは油があるから良く無いのだ。お麩にしてお麩に。
CA2803280.jpg
橋の下を流れる水。もっともこれ、処理された下水の再放流。

立川側から小平側にむけて歩き、上水の流れを見ると…
岸の左手の樹が年明けにばっさり伐られたので
(楕円の中)それまでとは風景が一変していた。

CA2803270.jpg
焼却場がよく見えます…
ここ、何かと写真撮られるスポットだったんですが。
眺め良く無くなっちゃった。


ちなみにこちらが以前の眺め。

DSC_07480.jpg
これは昨年春先の、ノリ面の常緑低木を刈った後。

DSC_06500.jpg
さらにこれは数年前の夏のもの。うっそうと繁ってます。

ノリ面にある樹が大きくなると、崩落が進むということが
伐採の理由らしい。
とはいえ、樹を切るとそれはそれでいっそう土の
崩落や雨での流出が進むだろうから、きっとこの面には
何か防止効果のある草でも植えるのだろう。(と、思う…)

せり出したがけの上にあったコナラの巨木も
どっかり伐られていた。
周りの土がむき出しになっていて、根のあたりの土も
薄くなり、いつ巨木ごと崖崩れするんじゃないかと
通る度ちょっと思っていたのだが。
すこーんと立川側がよく見えるように…
CA2803330.jpg
すっこーん。

DSC_0654.jpg
この樹は、数年前の夏の写真ではこういう、位置的にも
なかなかにシンボリックなものでした。階段の上からの視点。


この樹のすぐそば、緑道入り口付近には
昨年からこの計画のお知らせが掲示されている。
ピンクのテープで目印がつけられているものを
順次伐って行くようだ。

CA2803300.jpg

注意して歩くと、あちこちそれらしき樹が見つかる。

CA2803440.jpg
ケヤキ兄弟のうち発育のいいほうを生かすようですね。

昨年秋にはもっとこの目印が多かったが、
何度か作業の人がその後も来ていたようだったので
見直しなどを経て、伐る樹とそうでないものを
ふるいにかけたのかもしれない。

CA2803420.jpg
ケヤキ3兄弟。立派です。ケータイじゃ入らない。

この緑道には立派なケヤキが何本もある。
昨年はこの3兄弟ケヤキにもピンクの目印が
つけられていたが、今年見るとはずされていた。

CA2803450.jpg
これもまた別の3兄弟。右手前はなんだろ?樺類?

伐る事で光が入り、風通しも良くなり
プラス効果が期待できる。
しかしご近所の方のブログによると、
ずっとその方の近くにあったゴイサギの休憩所が
最近使われていないのか、姿を見ないらしい。

辺りを払われて隠れ場所が無くなり困る生物もいる。
またどこかで別の場所を見つけてくれればいいが。
(でも、ゴイサギ自体は餌獲りに来てるの見かけます)

古い樹が無くなっても、今ある若い木がまた
数十年後には大きくなっているという、
その後の風景はどんなになっているのだろうと
ちょっと楽しみでもある。

ただ、ひとつ心配なのが。
ナラ枯れ病だ。←クリック。

今のところ首都圏と一部をのぞいて、全国的に
その影響が言われている。
椎茸農家は大変だ。

ナラ類は萌芽力があるので、むしろ人里のコナラ類は
せっせと切って薪やほだ木にしてきたわけだが、
そんな木が病気(虫害)になるとは。

なんとも無いのに生えてる場所のせいで伐られる木が
ある一方、こういう、枝にコブコブがごまんとできている
コナラに伐採の印がどこにもないのが、なんだか不思議だ。

CA2803390.jpg
右のコナラは枝の広い範囲にびっしりコブコブが。
左の山桜の枝の一部、枯れててキノコ。ヤバい。
(もしかして一回伐った枝なのかな?)


仮に、これがその病気では無いにしても、
隣には「子宝桜」と愛称のついている山桜の巨木がある。
影響出ないのかな、と心配だったのだが、
見たら桜の枝の一部が枯れている。
山桜だから、ソメイヨシノよりは強いとは思うけど
これ、何か対策するつもりあるのかな…

柵の上水側と、外側では管轄が違う。
だから、こういうことになるのだろうか。

せっかく業者の人が見るのなら、
このあきらかにおかしいことになっている木について
小平市に連絡一本いれてほしいと思うのですが…
キリがねぇ!と言われちゃうかな。

CA2803460.jpg
冬咲きクレマチスが、11月につぼみ付き始めてから
今ようやく!咲き始めました。超スローライフ。

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レンコン豚汁

2011-01-15 Sat 20:30

豚汁はえらい。
お汁でありながら、おかずにもなる。

これ一品でタンパク質、根菜、芋類、
お腹さらえのコンニャクなど完備。

そのうえ、冷える季節にぴったりだ。

いつもはじゃがいもをいれるが、
今回はレンコンを入れたのと
全体に具が多くなり、鍋の上まであふれそうだったので
(いったい何日分なんだよ…)
芋は入れなかった。

レンコンもエラい。
シャキシャキにも、もくもくにも
ねっとりにも変化する食感とほっとする味。

レンコンが入ると、何か料理のグレードが急に
上がる様な気が勝手にしている。
お値段がいいというのもあるけど。

長ネギ2本、ニンジン大1本、大根1/4、コンニャク1枚、
あげ1枚、土付きゴボウ大4本、豚肩・バラスライス320g、
レンコン1本。
これだけ投入すればそりゃあ鍋一杯になるというものだ。

直前にカボスの汁をかけて、七味をかける。
DSC_05100.jpg
おせちのひとくちタイプにしん昆布巻きにごはん。

レンコンだと、芋のように煮崩れしにくいので
翌日、翌々日とお汁が濁ったりしにくい。
翌日以降は豆腐や春菊といった、レンジであっためて
追加がしやすい具を追加したりして
変化を一応つける。

作る時には材料を切るのに覚悟がいるが
作ってしまうと後がラクな、シチューやカレーと並ぶ
手抜きメニュー。
やめられません。

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小正月と養蚕

2011-01-15 Sat 20:00

今日1/15は「こしょうがつ」。

もともとは旧暦の1月15日のことを言うらしいから、
年によって違うが新暦でいえば早くて2月上旬、
遅くて3月にずれ込むくらいの時期だ。

旧正月を祝う中国では、最初の満月の日を
小正月というらしい。

クリスマスだなんだと忙しい年末、
すぐにお正月というのではなく
日本も旧暦でお正月を祝えば、
もっと気持ちがゆったりできそうだ。

冬至から一ヶ月未満だが、日没も遅くなってきた。
春を感じ始める頃にお正月というほうが、
なんとなく嬉しいのではという気もするのだが、
それはそれで確定申告がとか決算がとか受験がとか
いろいろ忙しい時期に突入するので
そうも言ってられないのだろうか。

DSC_05070.jpg

食べられない和紙の繭だま飾り(正確には玉ではないけど)
を見ると、昔の日本の旧暦での風習をそのまま
残していたかのように、1月末に「女正月」の
イベントをやっていた、S県T市のはずれの地域の記憶が
よみがえる。

前にも書いたが、そこは名字が3.4種類くらいしかない
農村地域で、「講」が存在していた。
その「女正月」には「おしら講」といって、
近所の集会所に集まり、仕出し弁当を食べカラオケを
楽しむという、女性だけの集まりがあったのだ。

もう養蚕はやっていなかったが畑には桑の木が残されていた。
その近辺にはひとめで養蚕小屋と分かる古い建物が残っていた
くらいなので、「おしら様」(おカイコ様)「女正月」
という繋がりが今もあることに、驚かされた。
確かに田舎っぽい地域ではあったが、一応通勤圏内ではあったから。
いや、やっぱり、通勤大変ではあった…雪の日半休とったし。

「女正月」は、普段家事に農業に忙しい女性を
ねぎらう日でもあったという。
養蚕は八王子が「関東のシルクロード」の重要地域だったこともあり
多摩は現金収入に格好の養蚕に従事する農家が多かったらしい。

確かチベットや中央アジア方面の国だったと思うが
そこのおばあさんが、「昔織物に使っていた日本の絹は
素晴らしかった。今は中国からの品だが、あの絹でもう一度
織物を作りたい。日本の絹を送っておくれよ」
と取材の日本人に頼むくだりがあった。
量や安さではかなわないが、日本は質で勝負するしか
ないんじゃないかと思うエピソード。
といってももう20年以上前の話だ。

養蚕は女性の仕事だったので、その「女正月」と「おしら講」の
関連性はなるほどと思わせる。

まだ、あのイベントは続けているんだろうなあ…
若い「ヨメ」が少なくて高齢化してる感じがすごいしたけど。

一方、男性は男性だけで2月上旬に集まる行事があった。
「稲荷様の掃除」なども総出でやる。
都心に通勤しているサラリーマンはここにはいないのではと
思わせる、そんなトトロの森に近い地域の話だ。

DSC_05090.jpg
見えにくいですが、「厄除招福」です。

だから、トトロの映画をTVで見る度に
「講」「おしら様」「稲荷様の掃除」
と思ってしまうのでした。

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鏡開き

2011-01-11 Tue 20:30

と、いえばぜんざいだ。

東京が出身の相方はこれを「田舎汁粉」と呼ぶが
どうせ東京の人には自分の所以外はすべてイナカなのだと
思いつつ、今年もお鏡を入れたぜんざいを用意。

いいけど、砂漠のようなカラカラ状態の冬の関東では
お餅はあっという間にひび割れてしまうのだ。
真空パックから出すと2.3時間で表面がヒビヒビ。

北九州の実家では、家でついた(「もちっこ」だけど…)
お餅をもろぶたに入れて納戸に置いてても
カビが生えることはあってもヒビが入るまくることは
なかった。
DSC_05020.jpg
「♩この東京砂漠~」

この、ヒビが入ってからからになったお餅を
どのように柔らかくするのかが…

調べると、水餅にしておいてクッキングシートを
敷いて、レンジにかけるのがお手軽なようなので
それでやってみる。

昨年は水餅にしておいて、鍋で煮ても
表面は薄くぽろぽろ剥がれて
中は硬いままでダメだったのだ。

結果。
うん、確かに簡単ではあるけれど…

やっぱり、レンジでやわやわになっても
食べている間にだんだんと硬くなっていく。
レンジに餅をかけると、どうしても冷えて行くと
こうなってしまう。

来年は別のやり方でやってみよう。

で、この鏡餅は、一説によると皇室の「三種の神器」を
意味しているとか。

橙が「玉」を、餅が「鏡」を、
そして干し柿が「剣」だというのだが…
そんなものを一般人の家に飾るとはおそれ多い話だ。

干し柿は、京都に行ったらお鏡の上に置いてあったが
干し柿の平たいのを串に刺した、確かに「剣」と言われれば
それっぽい形状になっていた。
北九州ではお鏡に干し柿を飾る習慣は無かった。
地域によってこれもまた違うのだと思う。

松の内も、地域によっていつまでというのが違うみたいだ。

小正月の15日までという地域もあれば
関東のように7日正月で、お飾りもそれ迄の
地域もある。

DSC_05030.jpg
ああっまた「えびすめ」忘れたよ!

まあ、でも、ぜんざいにはやはり「えびすめ」
が欲しい。西出身者としては。
えびすめでなくても要するに塩コブが欲しい。

いつも「あ!買っとくの忘れた」という状態になるが
今年もやはりそうなのでした…

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サプライズ フロム トルコ

2011-01-08 Sat 16:22

職場で一緒だったK嬢が
仕事を辞め、トルコに単身留学したのは
5.6年前のこと。

トルコタイルに代表される、
あの青を主体とした繊細な絵付けを
習いたいというのが留学理由で、
トルコ語と格闘しながら昨年無事大学院を卒業。

今もトルコにとどまるK嬢から
この6日にうれしい年賀状が届いた。

トルコの焼き物の柄のカードと一緒に
何やらプチプチにくるまれたものが。

開けてみると…

おおおー。

ここから先は、某コミックに興味の無い方には
まったく面白くもなんとも無いので
割愛していただいて構いませんが…

ご興味のある方は「キタユメ」で検索してみてください。

そのコミックのキャラクター+マイセン柄の
オリジナルタイルがっ!!

新年早々うれしいっ。

なんでマイセン柄かというとこのキャラが
プロイセンに縁のあるキャラだから。
(わからん話でホントすみません)
ウチにはマイセンなどという高級なものは無いので
せめてドイツっぽい演出を。

DSC_04950.jpg
ドイツビールとハイネケングラスだ!
ああ、プー様、お顔の上にごめんなさい。


柄が見えない?そうですね。では。
DSC_04960.jpg

ほら、マイセン柄。真ん中で不敵な笑みを浮かべているのが
そのコミックのキャラです。
DSC_04970.jpg
web上では再現できませんがきれいな深いブルーが印象的です。

自分の出身は福岡なので、お隣の有田焼(佐賀)は別に
特別なものではなく、身近なものだった。
もちろんスーパーで売ってる数百円のお茶碗から
作家ものまで、有田といっても実にピンキリなのだが
それはどの産地でも同じだと思う。
産地を廃れさせないためには、とにかく買って普段から
使うことかと思っている。
装飾的な巨大壷とかそういうのは無理だけど。

佐賀にある「ポーセリンミュージアム」を見ても
中国や日本の伊万里の磁器をいかにして
ヨーロッパの国が欲しがり、真似しようとしたかが
よく分かる。

マイセンもその中のひとつで、ドイツの「強王」アウグスト2世の
執念と権力で生まれたものだったらしい。
有名な「ブルーオニオン」と言われる柄は、
東洋の磁器コレクターだった王のために
ざくろ柄を真似したのが、
向こうではざくろが馴染みがないので
「タマネギ」と呼ばれた…
オリジナルを確立するまでには、何事も真似から
スタートするのだなあと思うエピソード。

製法確立後には秘密保持のためその立役者が城に軟禁されて
結果その人はアル中になり40才前にお亡くなりになったという。


もっとも、手本となった日本の伊万里も
もともとは秀吉が朝鮮からムリヤリに陶工を引っ張って来て
作らせたものなので、どこでも「美」を追求しすぎる権力者は
同じ様なことをするのだなと。

トルコの焼き物の柄も、中国からペルシャを経て
その影響をとても強く受けている。

中国は、そのクールデザインで他の国を魅了していたのだから
ガン○ムやディ○ニーのパチもん作って開き直るような
みっともない真似しなくたってオリジナルの底力がある筈なのだ。
でも、日本が戦後似た様な事をしていたのを思えば、
お金が入るようになる過渡期には
そういうことになってしまうのかなとも想像はつく。

まあそういう歴史話はおいといて、
トルコタイルの技法とマイセン柄と日本のコミックが
こんな形で。
アウグスト強王も300年後のこの事態は想像できなかっただろう。

さすが商品企画をやっていただけある。
持つべきものはオタク友達。

※トルコタイル教室で実際に自分で絵付けして作ってみたい!
と思った方は、↓こちらまでご連絡を。

istanbultile@gmail.com

ただし、あくまでも今回のこの柄はオタク仲間としてのものであり
コミック柄教室ではありません。
教室ではトルコタイルのまっとうな絵付けを目指しています。

また、場所はトルコのイスタンブルですのでその旨ご了承ください。

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やはり7日には

2011-01-07 Fri 21:24

味の濃い、乾いたおせちに飽きた後に恋しくなるのが
青いものたっぷりでジューシーな七草がゆ。

今年は家族のお腹具合が悪かったので
そもそも飽きるようなおせちを食べていないのだが
とにかく個人的には7日は七草がゆを食べねばという気になる。
どうも調べたら朝に食べるものらしいのだが
そんな時間は無いので、もっぱら夕食。

しかしちびまるこちゃんが
新聞紙上で「七草がゆいらない」と言うくらいだ。
(昨日1/6日の朝刊マンガはそうなっていた…)
おせち同様、七草がゆ離れが進んでいるのだろうか。
DSC_05010.jpg
卵入れました。

お粥がメインになるということも具合が悪い時以外は
そんなにないので、たまにはいいのではないかと思う。

セットを買わずに家にある野菜で適当に作るのもいいが
どうせなら多いほうがいいだろう、と
7種どころか9種とかになって、数が悪いなーともう1種増やして
10草粥になったりとアバウトになりがちだったりもする。

DSC_04990.jpg
おせち代用に買っておいた松前漬けがちょうどいい。

9はやめたほうが…などとつい数に縁起をかつぐのも
なんとなくまだお正月気分があるからだろう。

それにしても、七草のうちの
「はこべ」がナデシコ科とは知らなかった。
まったくそれっぽくないけどな。


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かはづ42

2011-01-06 Thu 20:45

2011年松の内にふさわしいものってことで。

こんなのどうでしょうか。
DSC_04920.jpg

お土産のいただきもの。
これでもかなケロ満艦飾。
台座の上に、看板と一緒に
乗っかっている。

DSC_04890.jpg

しかし「福を六かえる」って…
しばらく考えたがよく意味がわからない。
合わせてぴょこぴょこ六ぴょこぴょこ
でもないし…

どなたかご存知の方
教えて下さい。

DSC_04900.jpg


ってここまで書いてて今気付いた。
「迎える」か!!

そして今よく見たら、小さい看板の六の横に
「む」とルビがふってありました。←はよ気付け。

DSC_04910.jpg

おおおー。めでたい。
あらためて正月気分になりました。

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何に使おう…

2011-01-06 Thu 20:30

昨日は初出勤の人が多かったと思いますが
ワタクシも久々に都心に午前中から出ました。

といっても仕事ではないのですが。

時間がずれてるとはいえ行きも帰りも
そこそこに混んだ電車に揺られていると、
やはり東京に人口集中しすぎだろ、と
あらためて思う。

お正月の3日間は東京の空気も澄んで見える。
生産活動が停止してるからだけど
人が少なくなっているのも理由だろう。

帰りに師匠からお土産をいただいた。

袋に「まめや」とあるので何か和風のものかな…
と思ったら、中にはこのようなものが。
DSC_04860.jpg

むちゃくちゃかわいい。

金沢の「ぶどうの木」系列の「萬久」の甘納豆でした。

このパッケージ、和紙かなあ。手描きのようにも
見えるんだけど…
プリントだとしたらそれっぽく見えないのは大したものだ。

DSC_04870.jpg
今日のおやつはコレ。材料のお豆も大変こだわっているようです。

中身をいただいた後に捨ててしまうのは勿体無い。
何かに使えないかなーと思う。
うーん、でも何に?
思案中。
DSC_04980.jpg
控えめな甘さでおいしい黒豆甘納豆です。

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お飾り

2011-01-04 Tue 20:36

おせちを作らなくても、ドアや門、
あるいは家の中だけでも何かしらお正月には
お飾りを付ける家はまだまだ多いと思う。

東京に来て実家の北九州との違いを思ったのが
しめ飾りのデザイン。
それと車に付けるお飾り。
DSC_04780.jpg
ミニお鏡、毎度数時間でヒビヒビです。冬の関東は超ドライ。

北九州では、わらの束が丸く放射状に出たお飾りを玄関に付ける。
かなりめでたい形状なので、興味のある方は
「北九州 しめ飾り 鶴形」で検索してみて下さい。

これは「鶴形」と呼ばれているのだそうだ。
当たり前過ぎてそんな名前がある事も知らなかった。
言われてみれば、昔のJALのマークのような丸い形は
確かにそれっぽい。それに真ん中の橙に隠れていたが
よく見ると鶴の頭部を模して藁を形作ってある。


しかし「北九州」と言っても、もともと農家の人が
作っているもので、地域によってまたデザインに違いが
あるようで、北九州でも「エビ型」というお飾りもあるらしい。
しめ飾りは国内に2千種もあるとか聞く。
人口で考えるとほんとにそんなに多いのか?とも思うが…

鶴形は重さも案外あり、先端が浮いている形状のため
扉に直に取り付けると安定感も良く無い。
だから、扉ではなくその上部、左右中心に付けるのが普通だ。

ちょっと車で行った所の海沿いの地域では、
とっくにどんど焼きも終わって春も過ぎた頃にも
しめ飾りがついたままだった。
これはそういう風習なのだそうだ。
そういう地域は他にも案外あるらしい。

これが博多のほうに行くと、特にお店や官公庁には
立派なしめ縄に暖簾状の、なにやら神社っぽい
直線を活かしたデザインのお飾りになる。
大きい程当然高いのだが玄関の立派な家には
それなりに大きなお飾りがついている。

車に付ける交通安全のお飾りは、これにも
流行というのがあったのか最近では北九州でも
前ほど付けてる人はいなくなったが、
交通安全の神様の大社が近所にあるためか、
東京に比べると多い気がする。

DSC_04790.jpg
昨年のイージーリースに南天を突っ込んでコレまたイージーお飾り。

東京では玄関につけるお飾りが小ぶりでタテに長い。
北九州や博多のそれとは全く違うデザインだ。
わらの使用量が少なく、シデや他の飾りの占める量が多い。
スペースの問題なのか?

それに今は地域の伝統的なお飾りよりも、
新しいデザインのお飾りが迷う程の種類スーパーに
並べられる。どんど焼きもしなくなったから、
本来年ごとにかえるお飾りもずっと使える素材のものも
あるし、選択肢がとにかく多い。

DSC_04800.jpg
サテライト状の実は庭のサンキライ。ひとまわり小さいのが南天。
小さい黄色いのはヘクソカズラ。


その玄関のお飾りも付けない家が東京では比較的多いように思う。
でもシンプルでかっこいいと思ったのは
松を門にくくり付ける事。

こんもりした大きな門松など、普通の家ではスペース
それにお値段の点でなかなか大変。
でも枝を付けるならOK。

変なプラの飾りのついたお飾りよりも
すっきりしていて粋でいい。

中には紙に松を印刷したものもあったりして
これはこれで面白い。

DSC_04810.jpg
庭の南天はヒヨドリの好物。その年の寒さや場所によって違うが
今年は案外まだ残ってるかなーと思ってたらほぼ完食の株もありました。


年末からお正月にかけて、外を歩いて
一人暮らしのアパートにも小さな玄関飾りがあるのを見ると
ちょっとほっとする。
各々の住人のドアには無くても、大家さんが付けたのだろう、
階段の横の壁にお飾りがあるのを見ると
新年を迎える準備をする気持ちが感じられて、
こういうアパートならばゴミ集積所が荒れたり
空き巣が入ったりしにくいのではないかと
勝手に思ってしまうのだ。
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収穫した庭の橙、お鏡の横のもいれてただいま12個。
まだ木に残ってます。

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うさぎって

2011-01-02 Sun 20:48

DSC_04740.jpg

あけましておめでとうございます。

干支にはそれなりに縁起のいい理由があるようですが
ウサギには跳ぶから飛躍とか多産だからとか
縁起のいい動物という考えがあるようですね。

あのPLAYB○Yのマークがウサギなのも
かわいいなりしてウサギはどんどん殖えてしまう
動物で、そのお盛んな様から、と聞いた様な気がする。

もう10年以上前に、立川の昭和記念公園で
うさぎを捕まえたことがある。

クリスマスローズの茂みで茶色いものがガサゴソしていて
見るとうさぎだった。
この公園は居着いている元捨て猫だった猫やタヌキ、
その他大型野鳥も来るのだが
うさぎはそれまで見た事が無かった。

誰かが捨てたペットだったのだろうとは思ったが
管理事務所に連れてくのがいいのかなと思って
捕獲を試みた。
いい所まで近づくとささっと逃げる。
それを繰り返して行くうちに、茂みに追い込んだ。

そこからまた逃げないようにするには…
そうか、草をやればいいのか。
で、草を目の前に持って行ったら、無表情でおとなしく
食べ始めた。

そのままなんの抵抗もなく、無表情で草を食べてる状態のまま
捕まえることができた。
いくらなんでも正面から抱え込んでは逃げると思ったが
まったく杞憂だった。ピクリとも反応せず、
大人しく持ち上げられていた。

あまりに簡単だったので拍子抜けしたほどだ。
うさぎはかわいいがおバカだ。

しかし、何かのはずみでそのうちうさぎの口から
その草がぽろりと落ちた。

そしたら、その瞬間から逃げている事を
思い出したのか、猛烈に後ろ足でキックを
はじめた。
けりけりけりけり…

やはり、うさぎはおバカだ。

無表情のまま連続キックを続ける。
しかし毛の生えた小さな足でキックされても
まったく痛くもなんともない。

かといって自分の家では飼えないので
管理事務所に持って行ったら
「あ~捨てうさぎねえ、ここ、いるんですよ。
そこらへんに放っておいて下さい」

ええ~…アバウトな。

どこかの誰かが持って来た捨てペットのうさぎ。
広い公園なのでどこかしら身を隠す場所もあれば
草も豊富だが、一匹だけで「寂しくて死んでしまう」
のではないかと思いつつ、おじさんのクールな対応に
無常を感じ、すぐに放してしまいました。

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その後公園でうさぎを見る事はない。

くれぐれもペットを捨てるのはやめましょう。

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お屠蘇

2011-01-02 Sun 12:21

元日はゆったりと過ごし、何事も事始めは2日から…
ということになっているが、近所のヨー○ドーは
元日から営業、おせちの意味があるんかい!な
今日この頃。

ブログは今日が書き初めだ。

お屠蘇ネタ。
DSC_04830.jpg

年に1回しか飲まないお屠蘇。
しかしお屠蘇自体、知らないし飲んだ事無いという人も
結構いるようだ。

で、これには地域も関係しているようだというのを知った。

全国でお屠蘇は飲まれていると思っていたので
今更ながらへえ~だが、西日本のほうがお屠蘇を飲む人が
多いらしい。

三国志にも出て来る名医華佗に由来するというから
壮大な歴史のロマンにひれ伏してしまいそうな有り難さ。

九州の実家ではまずお屠蘇から始まり次に食事、が
当然であり、正月3日間飲んでいた。
年の若い人間から順にいただくということになっていた。
屠蘇散は配達してくれてた酒屋さんがお酒と一緒に
持って来てくれていたが、その酒屋さんが無くなってからは
スーパーか薬局で買っているのだろう。

東京での一人暮らしでお屠蘇をわざわざ用意することは
無かったが、結婚してから暫くたって、
お屠蘇を用意するようになった。
お屠蘇専用の器なぞはわざわざ用意するのは…なので
ホーローのミルクパンに浸けておいて、
飲む時にはおちょこに注いで出す。

実家では味醂と日本酒をブレンドしていたが
このところうちでは味醂オンリーか、日本酒の配合を少なめにする。
そのかわり味醂は本味醂でちょっとゼータクをする。

飲めない人間にとっては、お腹が空いている時に
少量とはいえいきなりお酒はキツいのだ。
(でも、実は本味醂はアルコール度数13度。)
なのだが口当たりがいいのできつくない。

大晦日に味醂に屠蘇散を入れておいて、
元日の朝にいただく。

…の筈だったのだが、今年は相方が腹風邪をひいて、
お屠蘇はおろかおせちや雑煮もアウトの状態。
なので、作ったお屠蘇は舐める程の量を
元日の夜にようやく出した。

味醂の濃い色+屠蘇散からの色でおいしそうな飴色。

DSC_04850.jpg
ちょっとブレた。

この屠蘇散、売っているのは薬局だが
スーパーでも「正月特集」の餅やお飾り等と一緒に
置かれていたり、レジ横に地味に置かれているので
その気になれば見つける事は出来る。

なのだが、「屠蘇散はどこで買えますか」
というネット上での質問に、
「どうも最近屠蘇散の入手が難しくなって来ていませんか」
「見かけなくなった」
という言葉がちらほら。

そんな中、前述の実は飲む習慣に地域差があるらしい。
西日本の方が飲むらしい。
というのを知ったのだ。

うちの家人は東京もんだが、お鏡もお屠蘇も
特に無かったと言っている。
「鏡餅も地域によるんじゃないの?」と言うので
「いやいや、それはないだろう…」と思ったものの。
そうでなければ、わざわざ真空パックのミニミニタイプまで
開発しないんじゃないの?あんなにどこでも売ってるし…
とも思うのだが、案外違うのだろうか…
いや、きっとその家が特別このての歳時記に
何かをするという家ではなかったのだと思いたい。

昔からの風習や季節の行事は段々とすたれていったり
その時代に合った形になって変化していくのは
当然かと思う。
寂しいとかいろいろ言われるが、
元日からお店が開いているような状態では、
家でお餅をついたりおせちを作ったりする意味が
もう根本から無くなって来ている。

子供にも「カレーやピザのほうがいい」と言われれば、
高い材料をちょっとずつ買って来て多種類のおせちを
手作りするというのは、いくら伝統とはいっても
ちょっと割に合わない話だ。

うちでも、毎年だいたい自分で作り準備するのは
お屠蘇、お雑煮、がめ煮(いわゆる筑前煮)で
他は年によって気分で「黒豆も煮てみようかなー」
くらいだ。

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それはいいけど、この「オケラ」ってあの虫の?
漢方だしあり得る…と思ったら菊科の植物でした。
京都では「おけら詣り」というのがあるらしい。

実家では、父親の作った栗の枝箸を
おせちを食べる時にだけ使ったりしていたが
この枝の箸、フシがあったり曲がってたりして
使いにくい…のだ。まあこれはうちの親の技術の問題かと…

で、ずうっと後になって、このブログでも過去紹介した
「馬の骨放浪記」という本を読んだら、
この人がまさに実家からそう離れていない地域で子供時代を過ごし、
この風習について書いていて、
正月に栗の木を切って新しい箸とし、翌年また新調する…
というのがここいらの風習だったと実感した。

全国でそういうもんかと思っていたのだが
地域のものだったのか、と。

だから、お屠蘇にしても餅にしても
「これが当然」というのは案外狭い範囲の話だったり
するのかもしれない。
こんなに小さい島国で、しめ飾りや雑煮ひとつとっても
実にバラエティに富んでいるのだから。

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