2011-04

仁義なき戦い 2011年福岡編

28日付の毎日新聞に福岡県警のサイトの事が
記事にとりあげられていた。
その内容たるや…

「手りゅう弾に注意!」

九州らしく直球です。

さすが全国的にそのスジの方々の存在を知られている県だけある。
県警のサイトを見たら、トップページ上のカテゴリに
「暴○団」というのがちゃあんとあるではないですか。
…などと感心している場合ではないのだ。

3/5には某ガス会社社長宅と、
某電力会社(てぷこではないです)会長宅に
コレとおぼしき爆発物が投げ込まれ、
4/6には組事務所に襲撃を図ったと思われる男2名が、
何を間違ったか自分達の車内でコレを爆発させてしまい
とほほな自爆死。

さらに4/15には同じ市内の別の事務所前で
コレとおぼしきものが見つかった、らしい。

これら一連の事件の間にもコレを使わない別のドンパチがあって
死人やけが人が出ていた気がする。
いちいち覚えていられないほど、そのスジの方々同士の
争いが小学校の通学路でも行われている、
そんな抗争の街と最近化している感のある福岡県O市。

高校とかそのくらいの頃に北九州の小倉駅付近には
みるからにそのスジの方を沢山お見かけしたものですが…
そして浪人時代には福岡市の俗に「親不孝通り」と
呼ばれる界隈の予備校に通ったが、
ある朝その入り口脇に機動隊の人が盾持って仁王立ち。
予備校入り口側に窓のある真向かいのマンションに
とある組の方がいらして、丁度抗争真っ最中だったからだ。
いつもは普通の窓辺だった向かいの部屋は、
その警戒の間はバリケード状態になっていた。

さしたる会社や飲屋街のないイナカの住宅街なのを
よかったと思うのはこんな時か。
しかし油断できません。

この記事の、県警のサイトの写真で「手榴弾」といえば
あのパイナップル型のと思っていたけど
今はつるんとしたのとか、ホイッスルのような筒型のなど
いろいろあるということが紹介されていた。
うっかり「何か落ちとうよ」と住民が触って被害が出るのを
防ぐという啓蒙の意味があるらしい。

アフガニスタンの子供向け地雷の話を思い出し
とても重い内容なのに何かそう思えないのは…
「色や形は様々!」
って明るく楽しい商品展開の紹介のようなキャッチコピーと、
見出しの丸っこい書体と県警のマスコットのせいだと思う。

ご興味のある方はコチラをクリック→福岡県警サイト

福岡には、今回の震災で移転されてきた方が多い。
どうか、流れ弾やいきなりの爆発、飲酒運転の車に
巻き込まれる事のないように、ご注意下さい。
(いやほんと冗談ではなく)

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皿倉山ハイク

北九州に皿倉山という、そこいらではぽっかり高い山がある。
そのため各テレビ局のアンテナがこの頂上には立てられている。

もう30年以上前に行ったきりだったが、行ってみた。

JR鹿児島線の八幡(やはた)駅で降りると、いきなり
駅前の広い道路にフェニックスが生え、その向こうには
正面にどかんと皿倉山というロケーション。
この通り沿いにはソテツやヤシ類の仲間が植えてあり、
これを見ると「ザ・九州」な眺め。
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しかもこの駅前道路、「国際通り」とある。
標識とフェニックスを撮ったら那覇と言っても通じそうだ。

山へ行くにはケーブルカーに乗るが、その乗り口までは
歩いていく事にする。

博多、天神を含むいわゆる「福岡」にも山はないわけではないが
山が多いのは北九州地域のほうで、そういう部分も入れると
人口あたりの緑地は北九州のほうが多いらしい。
工場地帯のイメージが多いので意外な気がするが。

実際、電車からの眺めも北九州のほうがはるかに線路に近い辺りまで
山があるし、そんな傾斜地にはりつくように
家が建てられている。

この八幡駅からも歩く道はどこもスロープになっていて、
山に近づくと階段がそこここにあり、曲がりくねった道に
路地のある古い木造家屋とあいまって、
長崎のように情緒がある…
でも、八幡地域は高齢化が大変進んでいるそうで、
お年寄りには上り下りがちと大変そう。今は皆車だろうけど。

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これは…風呂の焚き口の跡っぽい。
ちなみに北九州の親戚のお風呂は石炭炊いてた。

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「皇紀2600年」の記念碑が駅前通り沿いの駐車場脇に。
昭和16年に建てられたものとある。
戦後この手のものは撤去された筈がこんな目立つ場所に。
八幡は進駐軍のアウト・オブ・眼中だったのか?


駅前通りをまっすぐ行くと、彫刻のある、
ロータリー状になった場所に出るが
そこは第二次大戦中に避難壕が爆撃を受け、
多数の死人が出た場所という話だ。
当時その壕に入ろうとして「もういっぱいだ」と言われ、
入れなかったため生き残った女性が、親の知り合いにいると聞いた。
(この付近に何かの表示がされているのかもしれないが
この時はそういう碑等には気づかなかった。)

この2枚だけでおわかりのように、時が止まったかのような
眺めが楽しめる坂道を上っていくと、次第に山っぽくなってくる。
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ユースホステルって懐かしい響きだ。受験の時利用した…

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自販機コーナーがあったが、機械の上はネコの特等席になってた。
ほんとは右端にもう一匹。


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ぬこに一瞬癒されて表に出ると、自販機コーナーがこんな迫力の建物だったことに気づいた。
なにが激安売りしているのか?というよりやっているのか?


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坂の上から、ちらりと眼下の景色が見えます。


ケーブルカー乗り口に到着、皿倉山頂上へはそのあと
スロープカーに乗り換える。乗っている時間はあっという間。
スロープカーは3年前に今の車の様な乗り物になったらしいが
それまではスキー場にあるリフト、アレだった。
転落してもOKなように網が張ってあったが、
高所恐怖症だという事を思い出し、リフトでなくて
ほんとよかった…

で、柵らしい柵のない頂上の傾斜地に座り、パンを食べつつ
北側の洞海湾を見る。黄砂が少し飛んでいるようで、
海の向こうの小島や陸地は霞んでいるが、それはもう山口県。

それにしてもこの頂上の芝生、結構な坂だけど、
転ぶと洞海湾まで行けるんじゃないかと
冗談で言っていたら、水筒をころころ転がしてしまい
慌てて追いかけてる人がいた。
ここで昼食をとる方は気をつけましょう。

さて、今日の目的は河内貯水場に行き、桜を見る事なので
帰りは駅とは反対側に徒歩で降りていくことに。

それはいいが、「私らも河内方面に行きますけん」と
言っていた地元のおじさん達に「こっち」と教わって先に歩いたら、
途中で変な道に入ってしまい…
気付けば、下っている筈がまたゆるやかに登っている。
なぜか頂上より少し下を2キロくらいぐるっと一周するはめになってしまった。
とんだ時間と体力のロスだ。

再び分岐点に戻り、今度こそと河内貯水場への道を行く。

しかし。こんな標識や↓(餌やりって…)
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時々薮から山犬のような、威嚇する獣の様な声が複数聞こえて来て
80近い心臓病を患った老親と一緒に山道を歩いている事が
だんだんと不安になっていく。

イノシシは、実家近所にも出没して
ハンターが何匹も撃った死骸が文字通り家の前に置かれた事がある。
最近だって「犬かと思ったらイノシシだった」という話が
あるので、冗談ではないのだ。

なにしろ、舗装道路から山道になり、砂防ダム脇の傾斜道を
下って行く、だんだんと険しくなる道で一回も人と
すれ違わないのだ。
そのうち、土が崩れて木が何本も倒れて道をふさいでいるような
そんな道になってきた。

こんなところで、親に心の臓の発作でも起こされたら…
イノシシが突進してきたら…
更に都合の悪い事に、携帯の電池が切れかかっている。
何かの事態が起こったら、まずどこに連絡すべきか。
えーと、えーと…
密かに惑う間も、気味の悪い何かの声が薮からまた追いかけてくる。
(カラスの特殊な鳴き方だったのかも。でも、ほんとに
猿や犬のような声にしか聞こえない。謎。)

それに、「河内貯水場までおりれば、そこからバスがある」
と親は言うが、イナカの終バスは早い。
今山の中で3時過ぎ。なんとなく嫌な時間帯だ。

団地内のあの用済みになったバス停がフラッシュバック。
辿り着いた後、ほんとにバスあるんかいな…

と思っていると、何かの建物が見えてきた。
山の麓の工務店で、そこにかかる橋に住所標識が。
人の住む場所にやっと来たと思ったら、同時に登ってくる人に
会った。ほ。

そこからはもうすぐに目の前がバス通り。目指す貯水場に出た。

しかし、なぜこの貯水場に行きたいと思ったかというと、
建物が古い石造りで、なんともいい感じの写真を見たからだ。
製鉄所のための、一企業のための貯水場だというので
勝手に山裾にある、小さくぽつねんとある、
隠れた名所のようなものかと思っていた。

そしたら、実際到着すると、すぐバス通りに面した、
梅ヶ枝餅などの屋台が出る駐車場もある、広い広い場所だった。
これが企業用ってすごすぎる。
いかに当時、製鉄が北九州の地場産業として
力があったのかつくづく思った。

写真で見て、こりゃ見たいと思っていたのは、監視所だ。
それは、駐車場から階段で登ったところにあったが
残念ながら扉と柵で囲いがされ、そこから近づく事が出来なかった。
あえて不揃いな丸い石を外壁に使っているのが面白い。
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塔のようなこの建物、上が本当に中世ヨーロッパのお城みたく
凸凹になっている。メルヘン。


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「遠想」とあります。いたらん事するバカがいるからかもしれないが、
こんなかっこいい建物、もっと近くに寄って見たい。


こんなかっこいい建物なのに、駐車場に近すぎて
却って目立たないのか、階段登ってこれを見に来る人は
殆どいなかった。もったいない。

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で、目立つのはこの貯水場の堰堤。↑取水塔はこれまた中世のお城チック。
この堰堤を歩いていく途中、水をたたえた貯水池とは
反対側に目をやると、何やらこれまた古い、いい建物が。↓
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よく見ると、これにもさっきの監視所同様、入り口上に
看板のようなものが掛けられています。


弁室らしい。そこまで行きたいけど、降りられない。
残念…どこかから行けないのかな…と思って見渡していたら、
我に返ってしまったのか高所恐怖症の目覚めが。

堰堤だけあって、それなりに高い。
そして、今ちょうど真ん中にいる。ぶるぶる。
急に怖くなり、反対側に渡るのをストップ。
両端を見ずにひたすら前を見て、ずんずん戻った。

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せっかく取水塔の所まで来て、急にこわくなった。
この建物にも、屋号のような表示があるように見えます…
沼田氏は、相当な凝り性だったに違いない。

この河内貯水池は、8年かけて昭和2年に完成したらしい。
高所恐怖症でない方は、これの上流にある眼鏡橋の
南河内橋や、これらメルヘンな建物を造った立役者、
沼田尚徳氏の英文の碑文など、他にも見所があるのでぜひどうぞ。

さて、ここから八幡駅まではバスで20分かそこらだった。
車で行き帰りすればなんてことないコースだが
歩けば(しかも道に迷えば)ちょっぴり汗をかく。
頂上から河内貯水池までは山道下りを1時間弱だが、
くれぐれもイノシシにはご注意を。

さびれるってこういうことか

10年前から実家の最寄り駅前が
なんとなく寂しげだったが、
ここ数年でその寂れ具合が駆け足どころか
車並みのスピードで進んだ。

前にも書いたが、コンビニ、パン屋に続き本屋が撤退。
それに駅のホームからも買え便利だった地元老舗の
駅弁屋経営のうどん店が撤退。
ここまでくるともはや沈没船から脱出するネズミ状態。

それまで大してそこで買っていなくても、
いざ無くなるととてもさびしいものがある。

空きテナントには次のお客を待つ「テナント募集」
の張り紙らしきものがあっても、
見ると連絡先の電話番号がもはや読めない。
もう貸す気もないのかとこれまた一層さびしい気持ちに。

古くからあった「悪書を追放しよう」の
「白いポスト」がやけに目立つ。

その撤退した店が、なんのことはない、
ちゃっかり隣駅で新規営業していると聞くと
リーマンショックの影響だとか、
福岡が全体的にそうなっているというこ難しい事以前に、
実家近辺の住宅街がピンポイントで寂れているという事を
肌で感じる。

しかも、花見して帰る途中、住宅街のバス停が無くなっていたのを
見つけてしまった…これはショックだ。
この団地内では一番大きな通りなのにコレか…
どうもバスの規格を変えたようだ。
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さびしすぎる。

ようするに、東京と地方都市が決定的に違うのは、
ある程度決まった人口がその中で動いているだけ
ということだ。パイが決まっている。

少子化だとかなんだかんだいいながら、
東京は毎年地方から人がやってくる。
でも、福岡を例にすれば、ちょっと便利になったとか
新規に開発された住宅街にはそこそこ人が移り、
その近辺には店が出来て道路も通って更に盛り上がるが、
そこに移動した人が元居た場所は、その分単純に人口が減って
どんどんさびれる。

あまり変わらない、いやむしろ減っている人口が福岡内だけで
移動しているとなると、ひと世代終わってきた「帰って寝るだけ」
の住宅街が、「老人の街」となり、さびれていくのは
当然だ。
東京では多摩ニュータウンが顕著な例だと思う。

とはいえこれが東京ならば、多少人口が減っても
よそから人は次々来るし、交通網が発達しているので
こんなに「勢いよくさびれる」という事は起こりづらい。

福岡といえば「博多」が有名で、天神を中心とした
繁華街に報道関係をはじめ、オフィスや店舗が
集中している。
しかしもともとは、物資が入る海運業で栄え
炭坑からの石炭を水上運送、汽車での陸送先が
北九州だった事から、発展していたのは
門司や小倉といった北九州地域だった。

それが、炭坑の閉山、製鉄業の不振で次第に
さびれていった。

そんなこともあって、ますます福岡市方面に
若者が集まり、北九州はもっとさびれた。
もちろん、いろいろ努力しているし門司港レトロや
小倉駅周辺整備はわりあい成功していると思うが
知名度では博多、福岡にはかなわない。

3月に新装オープンした博多駅は、新幹線のイベントも今回の震災で
大幅自粛。
西方の天神にお客をとられる傾向だったのを、
博多地域にもテコ入れというのがどうなるか、
あきっぽい県民性を考えるとどうかとも思うが
人の流れが狭い範囲で簡単に変わる福岡、
ムリの無い計画で長く持続できるようにしてほしいものだ。

福岡にも地下鉄はあるが、東京のように乗り換えが山のようにあって
ヘタしたら一駅近く歩く、というのがないせいか、
福岡の人はさほど歩かない。地方ほど車生活なので
たまに帰ると、皆近距離でも車だ。
それが街のサイズにも反映されている気がする。
天神の中心街を端から歩いても、たいした距離ではない。

それでも、その中で立地が100メートルずれただけでも
人の流れが変わる。
それまでの中心がビル1つ分南にずれると、
それまで人が入っていた北側の店舗に閑古鳥。
こんな熾烈なデパート競争が、
天神の狭い範囲内で繰り広げられてきた。

この点では、もしかして福岡の人は大変に贅沢なのでは
ないか?とも思う。
それが、「手頃にまとまっている暮らしやすい街」
という結果になっているのだろうが…。

特に、住宅街の開発に関しては、
その福岡地域に電車で40分かそこらで行ける
地域の住宅街で世代交代で空き家が目立っても、
次に若い人が入ってこず寂れていく。
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近所の駐車場。青空とはいえ月極¥2500って安っ。
しかも空いてまっせ。

実家がいい例だが、30代の親が一戸建てを買い、
それから子供も増え街が活気づいても、
その後せいぜい20年がピーク、
それからは子供世代が進学や就職、独立するので
夫婦2人の世帯となり、購買力も落ち、子供世代が
戻ってこない限りその次の世代が増えないので
どんどん人は減っていく。

となると、結局新興住宅地を造っても20年かそこらで
そこはあとは落ち着いていくのだ。
そういう所を再利用するように若い世帯を呼び込むのではなく
わざわざ別に山や田を削り、キレイな海を埋め立て、
新規住宅地を造っている。
人口のパイは変わらない、減っているのに。

事情が違うので単純に比較できないけど、
東京のような過密で住宅環境の悪い場所から見ると
正直なんという贅沢な…なのだ。

この先これを繰り返していくと、なにやら、
スカスカの一戸建てやマンションの「現代の限界集落」が
あっちこっち点在する状態になるだけのような。

まだまだ福岡は可能性があるし、勢いもあると思うけれど
故郷なだけに、そろそろ冷静になって計画してほしい気がする。
ひと世代終わった住宅地、もっと暮らしやすいように
団地内で決めごと作って整備して、手を入れていけば
適度に落ち着いたいい住宅街になるだろうし、
日本の新興住宅街にありがちな「新しいうちはいいけど」の
問題も改善されていくと思う。
なんだか、とってももったいない。

それは、プルサーマル導入炉のある
佐賀県の玄海原発が近いという事も含め、だ。
九州は広い割に原発は2カ所だが、
発電方法の割合で原発依存度はかなり高い。

美輪明宏がどこかの温泉街の人から、寂れる一方なので
何か知恵を貸してほしいと言われたが、
「ムリです」と断ったという。
それは、元からある土地の価値を深める事をせず
ただ車を通し、入れ物を造る事以外の考えが
無いという事、ちょっと工夫すればいい方向にお客を
呼べるのに、気づかない。
それは外の人間が言う事ではなく、住む人の問題と気づかないと
意味が無い…というような主旨だった。
かなり手厳しい都会視点かもしれないが、
その通りだと思う。

どこにでもある郊外型大型店舗を造って集客しても
車での通過だけの場所になり、周辺に人が訪れるわけではない。
人が車を心配せずに落ち着けて歩ける道の整備や
広場的役割のある場所を設けるなど、道路の工夫で
街の機能と雰囲気はずいぶん変わる。
画一的にまっすぐ広い道路がいい、というのは
便利なようで、実は違うのだ。

この先どこだって人は減っていくのだから、それをチャンスとして
年寄りが暮らしやすい宅地に整備すれば、結果的に誰でも
住みやすくなると思う。

私個人としては、故郷は
「Uターン(あるいはIターン)してもいいな」
と思える場所、
暮らしやすくて数十年間ずっと居たいと
思える場所、そうであって欲しいと思っている。

地元の人が愛着を持てない場所や
暮らしにくいと思っている場所に、今後よそから人は来ない。


柑橘大小その2

冬の九州に来た事のある方はサービスエリア等で
巨大な柑橘が売られているのを目にしたかもしれない。

寒い時期から春先にかけて出るのが
最大の柑橘、晩白柚(ばんぺいゆ)。
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いただきもののキレイな晩白柚。リンゴと比べてこのサイズ。

これまで何度かこれについては書いたけど、
熊本県産のものをよく見かける。
立派なもので¥1000円台後半~¥3000ほど。
東京の果物専門店では¥6000とか、
とんでもないお値段がついているのを見たことがある。
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皮が厚いとはいえ、中の実もこれだけ大きいデス。

その晩白柚を、なんと¥200でゲット。

地元農家の野菜を安売りする店先で、見切りとして
売られていたものだ。
もうシーズン終わりでいいかげんしなびた感が
ありありの、よごれの様な状態で
皮がしなびたせいか一回り小さく見える。
しかし晩白柚がそのお値段ならばと、重たそうなのを
選んで買ってみた。

そしたらこれが当たりだった。
ものすごくジューシーというわけではないが
もともと晩白柚はニューサマーオレンジなどと比べると
硬めの食感なので全く問題ない。
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右から、その見切り品晩白柚、ポンカン、晩柑。

それと、今食べて美味しいのが晩柑。
これは柚子のような色、汁気も香も
ニューサマーオレンジのようで、とても美味しい。

ナイフ使用と皮むきが面倒という方には
今おすすめなのがぽんかんやデコポン。
内袋のまま食べられるのがお手軽。

温州みかんが終わり、大きめの柑橘が出る頃は
産地ならではのよく分からない新しい名前の
柑橘がどかどか入ってくる。
先週見かけたのを買いにいっても
もう同じ品種は無かったりする。

でも、もう4月、うかうかしていると
美味しいと思っていた柑橘も置いておくと
実がすかすかになってくるので、
皮に張りがあってずっしり重たいものを見つけたら、
ぜひ早めにお試しを。


カイワレパフォーマンス

今回震災後ニュースで名前が出た「かきな」。
東京のスーパーで見かける事が多く、
アブラナ科なのかどうか、それっぽいコクのある味が
好きで、春にはよく炒め物にしている。
で、東京でみたそれは「福岡産」とあった。ような気がした。

で実家でかき菜ってこっちのものかと聞いたら
「知らん」という反応。

あれ?

…もしかして福岡と福島を見間違えていたのだろうか…

その土地ならではの産物は、やっぱりうれしい。

手間ひまかけてやっと出来た青果、酪農製品、獲ってきた魚。
これらが出荷できないというのはあまりにももったいなく、
悲しい事だ。

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福岡特産の「かつお菜」。
「福岡産です」って表示、これまでわざわざ無かった気がするのだが…
地元の農家の庭先野菜コーナーなのは地元の人なら知っている筈。

でも、原発の事故があれば、このリスクはつきまとう。
それも長い間。

すぐに対応して収束がつく事なら、「風評被害」も一時的で済む。
でも、今まだ冷却作業中。
実際に事故が起こってしまったらどうするのか、の専門家が
本当の意味でとても少なかったために政府も見通しが付けにくい。

測定データだけではその場で一喜一憂、振り回されるだけだ。
「そこで生活したら5年後、10年後、20年後はこうなる」
という分かりやすい例を出してほしいと思う。
レントゲンと比較するのも適切とは思えない。

蓄積や食物連鎖の影響を考え、普段通りの生活で
将来的にどういう影響があるのか、素人でも分かるように
危険性も、安全性も隠さず知らせてほしい。
なぜなら今もまだ事態が収束し、安心していいという状況には
ないのだから。

だから、昔誰かがカイワレを食べてみせたように
今回「うまい」と野菜を食べていた有名人を見たけど
なにか違うのではと思える。

「風評被害」という言葉と同じように違和感を覚える。

大事なのは、今後また元のように被災地が復興し、
二度と原発事故など起こらないように、住んでいる方々が
納得して安心して住めるように、
長期にわたって支援する事で、
一回くらい野菜をパフォーマンスで口にする事ではない。

「今日は放射性物質の値が高い」
「今日は大丈夫」
という事ではないだろう。

日によって出たり出なかったりのヨウ素、セシウムの
値で出荷制限をするよりも、東電と政府が全責任を
負うということで、最低でも3ヶ月から半年、
原発の状況に見通しがつくまで、出荷無し、と
はっきり決めた方がまだいいのではないだろうか。
今の生殺しのような対策は、却って辛い。

原発の汚染水が漏れた原因がはっきりとまだ分からず
かといって冷却をやめるわけにはいかない。
今後無事になんとか廃炉に10年以上かけてもっていっても
大量に出た汚染水は保管を続けないといけない。
その間、周辺環境への影響はどうなのか。

こんな状態で、「本人の意思で」と言われても困るし
高齢で今更家を離れたくない、
あるいは認知症の身内がいるから避難所に居れない、と
家族が待避区域に戻る事があると聞くと、
中途半端なのが一番被災者を苦しめるのではないかと
思えて仕方がない。

数十年後の将来もしかすると発ガン率が
高くなるかもしれない。
「そんな見えないものをおそれたって仕方ない、
もう年だし、今更」という方々はともかく、
小さい子供や妊婦は、他の人と比較して
判断に困るような状態におくのでは無く、
遠隔地に避難してもらう、
そのための受け入れ態勢を作る。
そういう事ができないものか。
元気のある人達に来てほしい地方都市は沢山ある。

ふるさとは多くの人にとって大事なもので、
例え頻繁に行く事は無くても、そこが無事であれば
どんなに離れていても安心する、よりどころといってもいい。

それが姿を変える事は、胸が張り裂けそうな思いだと
思うけれど、少なくともあの原発が落ちつくまでは
思い切ってよそで暮らし、戻れるようになれば…
という事で考えられないだろうか。

私は大学進学を契機に福岡から離れたが
友人にはずっと地元にいる人も多い。
ましてその親世代で、ずっと地元にいるような人は
気持ちの上でもなかなかそういうわけにもいかないのは
想像できる。

復興作業が始まり出すと、入れない地域の方は
余計に他の地域との差に心を痛めるだろう。
避難所でする事がなく心配事を溜めていくよりは、
今の時点では少なくとも、いっそ遠い場所に行く方が
救いがあるように思えてならない。

福岡に家族で避難、子供を転校させた家族のニュースを見た。
仕事の事を思えば、簡単に思い切りがつくものでも
ないとは思う。
でもせめて、将来のある子供に、
将来にわたるリスクを背負わせるような親の選択は、
なるべくあってほしくない。
大阪では確かこれまで300人の妊婦を受け入れたと聞いた。

実家付近の回覧板でも、受け入れ可能な世帯を
募っていた。
高齢化が進んでいるので、病人で面倒をかけるとか
そういう事さえなければ、
子供部屋が空いたままの世帯は相当ある筈。

「先祖代々のここを死守する」というのも
立派だが、原発には素人が太刀打ちできる部分は少ない。
狭い日本、住めば都、塩味の濃い薄いはあるけど
西日本への移動、もっと考えられないだろうか。
ど素人の勝手な意見だけど。

季節外れの橙しぼり

戦前、祖父のやっていた料理屋で
毎年恒例だったという、橙絞りの場面の1枚の写真が
古いアルバムに残っている。
店で使うものだったから、量が半端なく多い。
お店の人達が橙に埋もれている中に
子供の頃の母が一緒にいる、そんな写真だ。

だからかどうかは知らないが
うちでは鍋のタレから酢の物、ドレッシングまで
酸っぱい柑橘は殆どすべて橙がベースになっている。
庭にある1本の橙でまかなっているが
まだまだそれが沢山の実をつける。

3/30日に、庭の橙絞りをした。
普通はもっと早く、年末やせいぜい年明けすぐの
橙の皮がピンと張っている、収穫後すぐに
やるものだが、親がそれなりの年になり
力仕事ができなくなると年々遅くなるようだ。

倉庫には段ボール一杯の橙が置いてあるまま。
2月に帰省した折に気になっていたが、
3月にもまだそのまま。

私「まだ橙あるんやけど?」
母「お姉ちゃんに頼みたいけど週末しか時間ないけんねぇ」

これはやれという暗黙の指令と判断し、
物置から橙絞り器を出して作業を開始。

この絞り器がまた相当にアナログなのだ。
これと同じ形のものが、冒頭述べた写真にも写っている。
さすがに家にあるコレは戦前のそれではなく、
数十年前に誰かが木を削って作ってくれたものらしいが
先の方でゆるく括られている長い洗濯バサミというか
木製ペンチというか…
早い話、2本の角棒の先に橙を挟み、
てこの原理で棒の端をぎゅうっと合わせ、
絞るというなんともシンプルなものだ。

汁が下に落ちるように、また滑り止めになるように
挟むあたりには何本も溝が彫ってある。

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この作業の後に外に出たら柑橘の油でシミができまくりそう。

2日にわたって計100個は絞ったと思うが
台所は柑橘の香が充満。アロマセラピー。

絞った汁は、果肉を沈殿させて上澄みを瓶に入れて保存。
これと醤油をあわせて酢醤油にする。
沈殿した部分は、多少甘めなのでドレッシング用等に
別の瓶に入れる。
実が収穫後すぐであれば、酸味が強く澄んだ汁がとれるが
時間が経つと甘みが増し、濁ってくる。汁も少なくなるし
皮がしなびるので包丁で剥きにくくなる。
(メリットとしては柔らかくなるので、絞るのがラク。)

絞る際に一周くるりと剥く皮は乾燥させてお風呂に。
種は冷蔵庫に入れ、これもお風呂に入れる。
種の周りにはこわいほどのぬるぬるが出てきて、
よく柚子の種と焼酎で化粧水手作りというのがあるが
あれと同じようなものが出来るに違いない。

そんなこんなで昨年の分はすっかり無くなったのだが
今年の冬に出来る橙は、誰がいつ絞るのか?
力仕事がやりにくそうになった親や
最近仕事疲れでか原因不明の上半身筋肉痛の姉を見ていると
あの出張ホストの張り紙がふと浮かぶ。
あーでも、45歳以上は無料じゃないしな。

実際こういう力のいる家事から病院の予約までを
(新しい所ではネット予約なんてものもあるが
ここいらの病院ではそこに行かないと予約できない)
気軽に頼める「出張ホスト」ならぬお助け人がいると、
ほんとはいいのだろうと思うけど。

花見を自粛してどうする

昨日出かけるつもりが、寒い風が吹き荒れたので
お天気をみて今日母親のリハビリ兼ねて花見に連れ出した。

住んでる辺りも、付近に足をのばせばあちこちにサクラはあるが
ここはひとつ、王道の場所に行ってみようと
博多を目指す。

博多方面では西公園が有名な花見の名所だが
お城の高低差の眺めと石垣でしっとり雰囲気を
求めて福岡城趾へ。
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蓮のあるお濠の向こうは潮見櫓。

隣には大濠公園という、美術館と隣接する
広い公園もあり、ここいら一帯は落ち着いた住宅街もあって
憩いの場になっている。
福岡は住んでみたい場所で上位ランクらしいが
適度な範囲にコンパクトに見所が集まっている事も
その理由の1つではないかと勝手に思っている。
東京は物や人が多すぎて疲れると思っている方には
おすすめの街だ。
繁華街の天神から歩いていける場所に
こんな広々としたスペースがあるなんて
福岡の人は恵まれている。

福岡城は、1601年に着工、7年後に完成したらしいが
なにせ今は天守閣など目玉になりそうな部分が残っておらず、
現存するいくつかの櫓に気づかなければ
そこにお城があったという事に気づかないまま
福岡をあとにする人もいそうな規模だ。

でも、美術館の横に見える石垣や巨大な楠や槙の木が
歴史を感じさせる。

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もう八重咲きが??これ、早咲きの品種なんだそうで。ちょっと驚いた。

福岡に来られたら、天神からちょっと足をのばして
このお城の「天守閣跡」に設けられた展望台から
360度の眺めを楽しんでもらいたい。

特にサクラの季節は最高だ。
福岡空港は駅までの交通の便の良さがウリだが
それはつまり人の多い場所の上をかすめて飛んでいる
…ということがここから一目瞭然。
発着する飛行機もよく見える。

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ソメイヨシノは満開のものも。その隣にはこれまた満開の八重桜、
その奥にはヤドリギがボンボンと丸く育っている。古い機種の携帯でもこの空の青さ。

今日は暦のうえで「清明」という日だったらしいが
そのとおり、福岡は35kmまで見通せるほど
クリーンに晴れ渡ったと天気予報のおじさんの談。
(普通に「晴れてるな」と思う日でも25kmだそうだ)

番組の入れ替わりの時期で東京から福岡局に
移動になったアナウンサーが「こんな空は見た事がない」
と驚いていた。

東京の西の郊外にいる自分にもそれは実感としてある。
台風の翌日の晴れた日や、正月の三ヶ日はどこもきれいだが
それ以外の日は普通に晴れていても、
東京の空は住宅に近い下の方はうすぼんやりと
なんだか灰赤みがかったように濁っていて、
やっぱり密集地というのはこういう事なのかなと
思っていた。

福岡の、特に夏の晴れた日には空の下のほうまで青く、
(その分紫外線が強いように思うけど)
晴れ晴れとした気になるのだ。(暑いけど)

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こっちには珍しい枝垂サクラ。

でも、春先は黄砂が来る。
青い空がほこりっぽい色に変わる。
それも、自分が子供の頃よりも量や頻度が増えているらしい。
その黄砂の中には、かなりの化学物質が含まれているという
話もある。過去にあれだけ核実験をした国が側にあるのだ。
砂漠化も進んでいる。当然といえば当然だ。
九州、特に北部九州が大陸に近いという事を実感させられるが、
最近ではその「黄砂」とはまた違う「もや」が確認されるようになった。
これもどうやら大陸からの工場排気等が原因と
いわれているようだ。

あれだけ成長著しい中国では、高度経済成長当時の日本以上に
公害が発生していてもおかしくない。
仕事で工場に行った際、メッキ工場の硫酸銅プールに
平気で素手を入れる工員さんや、排水の行く先が
隣のバナナ農園だったのを見て、「なんでもアリ」
のエネルギーと、それが行き着く先を思った。

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あれ?これ大きな枝垂なんですが写真の向きが…
首を左に傾けて見てください。丸いのはこれもヤドリギ。


今はまだ力にものを言わせて発展優先で突き進んでも
そう遠くない将来には、環境対策に多額の予算を費やさなければ
ならない事になるだろう。

それでもまだ中国は国土が広いので、発生源が密集地でなければ
多少のリスクも人的被害は少なくて済む…かもしれない。
いい言い方ではないと思うけれど。
(でもそれは少数民族が核実験場の被害を受けている事の裏返しだ)

でも、日本は…
あまりに、せますぎる。

こんな島に、50基以上の原発があるのは
バランスを欠いているようにしか思えない。

今回の原発で汚染水を海に排水したのは、
東電社員の方の涙会見を見ても苦渋の選択だったのだろうが
大気も海もつながっており、
まわり回っているという事を考えれば、
この先の対策が今後も効果的な打開策がなければ、
日本は世界中に詫び続けなければいけない事態になるのではと
恐れている。

この風景をいつまでも楽しめるように、
通常運転時にでも誰かの健康が害される恐れがあるような
発電方法から脱却していけるように、
小さくても声をあげていって
少しでもいい方向に動かしていけたらと思う。

「花見を自粛しないで、被災地のお酒を飲んでください」
と岩手の蔵元の方がyoutubeで公開された動画が紹介されていた。
そのほうがありがたいと。まったく理にかなっている。
でも今回の花見はご飯なし、梅見のようにそぞろ歩きの
渋い花見だった。貢献してなくて申し訳ない…

しかし実際、ここ福岡城趾での桜祭りでも
イベントは中止のものが殆ど。
晴れがましい事を自粛したくなる気持ちは分かるが
それが電力の無駄遣いでない事なら、
お上に言われたからというのでは思考停止だ。

なぜそれを自粛するのか、自粛というのは
あくまでその人自身が考え決める事だ。
誰かから言われてするものでは無い。
もちろん、理由は人それぞれで当然だ。
慎太郎に言われたから逆らいたくなった、
自分のようなあまのじゃくもいるのだ。

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福岡城趾の、上の方からの眺め。
奥のマンションやビルのすぐ手前の小判型の池が大濠公園の池。
しかし、枝垂れ桜の横に目隠しされた一画があって(手前)
ゴミやら自転車やらのあるブルーシート…
もしや、ホームレスの方の家なのでは。
だとするとこの写真、プライバシーの侵害をしている?



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Author:くろけろ
ケロをこよなく愛する玉川上水ほとりの住人です。
庭をヒキガエル様の根城にしていただきたいけど
目下果たせず。

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