2012-11

二次元国家の影響力ールパンⅢ世

動画サイトといわれるものは中毒性があるので
最近はもう極力見ない様にしているのだが
日本の「二次元」の力というのはスゴイものだなという事は
今更ワタクシごときがここで言う事でもなく
もう当然のこととして、当たり前のように
日常にコミックやアニメが溢れている。

古くは「ハイジ」が舞台であるスイスで放映された時
自国製のアニメだと多くの人が思い込んだというのは
よく聞く話。
時代考証や設定、音楽細かい部分まで手を抜かない
マジメな日本人の作るアニメやコミックは
海外にも熱心なファンを作った。

で、今回のお題の「ルパンⅢ世」なんですが…
たまたまTV点けたらやってたのがパート2の(赤い上着の)
某合衆国の大統領に届ける極上ワインを
盗んで偽物の安ワインと交換しちゃうという話。
それが初めて見たルパンだった。
この時の「大統領」がカーター氏そっくりだったのが時代だ。

なんて面白いのだろうと思った。
カ○ピス劇場を見ていたおこちゃまにとっては
そういう大人向けのものは初めてだったから。
しかし私以上に熱心な信者になったのは姉だ。

まあそれは置いといて、
すごくよくできてる海外ファン制作の自主制作ムービーを
ここに貼付けたくてこの記事書いてます。
イタリアのファンが作ってるらしい。


ルパンは一応おフランスとの混血(?)という設定だったと思うんだけど
でも同じラテン、スケベでシャレオツな色男とくれば
前々から個人的にイタリアンのイメージも強いなあと思ってたし
宮崎駿の世界にもかぶるし、全くアリだと思う。

少なくとも、大昔あった邦画の
「目黒祐樹のルパン田中邦衛の次元」

(逆じゃないのか…と思ったこのキャスト)
というのよりは1000万倍マシな筈だ。

えてして海外ファンの作る動画はえーと、その…
特にイラストを元に作る「動画」の場合は
日本人ファンが描いたファンアートや公式イラストを
勝手に使って編集して流行のうるさめの曲にのせたイメージ映像というのが
多くて、どうなのコレと思うものが多かったりする。
でも、「実写」の映像では、海外ファンの作るものは時に
かなり真剣に作り込んだものがあって、感心するレベルのものが
多いのだ。

多分、元々のキャラの設定があきらかにアジア人では無いものが
日本のコミック、アニメには多いので、それもあるのかと
妙に違和感の無いなりきりキャラを見るとそう思う。

正直、五右衛門は…ん〜
パート1の凄みのある五右衛門や
パート2の色白細面の五右衛門というよりは
パート3あるいは原作を意識してるのかな。
これはこれでありかもしれないが、でもそれにしても
剣豪の鋭さがもうちょっと欲しい。
大変失礼ながら…ちょっとヨゴレっぽくてなんだか涼しさに欠ける。

他のキャラがよくできてるだけに、アジア人から見ると
特に五右衛門に関しては細かい違いが気になってしまうのだ。

でも、走り方までよく真似てるし
ホント好きなんだなあと。
こういう事で世界平和ってならんもんですかねえ。
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個人店の魅力ー知らなかった閉店

先月の事になるが、仕事で一緒だった人と
久々に会って国立に出かけた。

たまに行く場所ではあっても、自分が普段行く場所以外に
案外より道をしていないので、知った道にも
こんな店あったっけ…?という店でなかなか面白いお店があって、
今迄素通りしていたもったいなさを感じた。

国立というと「マダム」という言葉が連想されるほど
なんというか閑静かつ徒歩圏内に個性的なお店が
揃っている人気の街(らしい)。
実際行ってみると確かにみるからにおカネモチの方々が
お住まいですなという雰囲気の住宅街もあるのだが、
古い多摩の田舎がそのまま街になってしまった感も漂う
そんな街並も一方では残っていて、
そんなに国立が「いい場所」というイメージが定着したのは
一体いつの事なのだろうか。
モモエさんの事も大きいのだろーかとか思ってみたりもする。

秋というのはそういう時期なのか、
紺色の、どう見ても私学の面接以外には絶対着なさそうな
超無難なデザインのブレザースーツを着たお母様とお子さん
そしてお父様が連れ立ってるのを駅周辺で見かける。
親子みんな紺色でかっちりしたスーツなのを見ると
田んぼの中にあった公立学校出の自分等は別の星から
来た方のように見えるわけなのだが、そういう光景は
確かに「国立のイメージ」通りかもしれない。

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これはロージナ茶房の2階。なんというか不思議な造り

駅近くに国立のカフェといえば有名な店、というのが
何軒かあるが、その中の「邪宗門」に行ったのは
もう6年くらい前だったと思う。

伸ばした白髪に赤い帽子を被り、パイプをくわえたその店の
マスター(ここでは「門主」というらしい)は
戦時中戦艦に乗っていて何度も偶然が重なり生還、
戦後はとにかく人を喜ばせる事をしたい、と思いこのお店を
開いたと聞いている。
そして門主はマジシャンでもあり、全国にある「邪宗門」は
もとはこの国立邪宗門の常連さんや手品に魅せられた人が
各地に「邪宗門」を開いて行った、という事で、
決していわゆるチェーン店ではないという。
手品という共通の趣味の仲間がやっているお店なのだそうだ。

そのあたりのなりたちもかなり個性的なのだが
国立のお店はとても古い造りで、トイレも今時無いだろう
というような古さだった記憶がある。

古くしっとりと落ち着いた店内には古い時計や
船の中にありそうな道具が沢山置いてあって、
白髪のその門主の姿と一緒に店も年を取っていっている雰囲気が
ハウルの動く城のような感じだった。

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これは我が家の室内です

そして先月、ロージナ茶房のほうへ路地を入って行き
確かこのあたりに…と思った所に邪宗門が無いのだ。
「??」と思ってぐるっと回って、やっぱりここだったと…
という店のドアのところに、小さな花が置いてあるのを見つけ、
もしかして…とようやく気付いた。

邪宗門は、門主がお亡くなりになり、2008年12月に
閉店していたのだった。

その当時には、お店のあとは早速他のものに建て替えられる
という話も聞かれたようだが、結局お店の外観はそのまま、
ひっそりとドアの前にお花が置いてある状態だった。
地域の人か、昔のお客さんかが置いて行ったのだろう。
生前から、門主が変わればお店は全く別の物になるから
という話をされていたという。

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これも我が家の室内で邪宗門じゃないです

なにせ53年もこの場所で続いて来たお店。
馴染みのお客にはお店が門主の死後すぐに閉店になったのは
寂しいには違いない。

が、亡くなって閉店してもう4年経つのに
こうやってお花を置いて行く人がいるというのが、
なんと幸せな話ではないだろうかと
お亡くなりになったのは残念なことだけれど
悲壮感とか寂しさといったものよりも
とても暖かいものを感じたのだった。

川口葉子さんの著書に、このお店に行った時に
すでに80近くだった門主が震える手で手品をしてくれた、
帰り道涙が出て仕方無かったというくだりがあったのを思い出し、
たった一回だったが、門主がいた邪宗門に行けて
良かったと、思った。


ほう…これはいい資料

中途半端なマンガ絵を描く自分にとって
人物以外で好きな対象といえば動物。
(というか無機物が苦手って事なんですが)

その中でも馬が好きだったりする。
上手く描けるということじゃなくて
あくまでも好きかどうか、という意味です。

でも馬なんて余程の田舎か乗馬クラブか競馬場その他、が
近くに無いかぎりそんなに観察できないもので。

じっとした状態ならともかく、脚の動きはどうなってるんだっけ
と考えだしたら資料の山。
今はそれでも動画等で簡単に見つけられるが
でもいざ描こうとすると、脚の関係、そもそもの
骨格と筋肉の付き方がある程度わからないと
なんだか歌舞伎に出て来る馬みたいなのが出来上がる。

プロの漫画家で人物が上手くても
馬の脚の関節が逆に付いてるようなのを描く人もいるけど
それはやはり避けたい事態。

んで、こんなの見つけました。
こりゃ分かりやすい!

umarentogen01.jpg

馬さんにボディペインティング。
今迄前脚ではしょってた関節があるなあと
これ見て気付いた。


こちらは動画。うーんこれは良い。

犬なんかは犬種ですごく外観の違いがあるから描きわけが必要になるけど
基本的な犬としてのつくりは足先の描き方で猫とは違うソレっぽさが出る。
よく人間でいえばつま先立ちしてるようなもの、とか
親指がここになってる、とかそういう例えが分かりやすい。
それがわかれば、どこに節があってどう曲がるのかの
おおよその予想もつく。

動物によって歩行の時にどの脚がどんなタイミングで出るのか違うので
そういう違いも知っているのとそうでないのとでは
資料として使った時に差が出て来る。

例えばラクダは右側の前後、左側の前後というように
一緒に動くつまり「なんば」な動き。
…というのはよく言われることなんだが、
これも実際に砂漠の方の国に行って乗ったら
なんともいえない揺れでした。うぇっぷ。

動きを絵で捉えるのはいつも難しいなあと思います。
自分に運動神経がないからかな。


個人店の魅力ーうれしい専門店

何度かこのブログに書いている、
立川にある手作りハム・ソーセージ専門店の
「ゼーホフ工房」だが、寒い季節になると
肉肉しい物を食べたくなるのか、
シチューにソーセージの出番が増えるのか、とにかく
「今日はごちそう」という日にはここのものを買いに行く。

お歳暮の季節にはここはごった返す。
沢山買って遠方に送る人もいるし
毎年新宿方面から車で買いに来るという方もいるとかで
固定客が付いているのだろうなと思うが
こういう専門店それも個人経営のお店というのは
固定ファンがどれだけつくかというのがポイントなんだろう。

場所がよくて通りすがりの人がふらっと寄ってくれる場所なら
ともかく、そうでもない場所にあるお店は
必要に迫られて買うという以外の部分が無いと多分厳しい。

そういう意味でこのお店は買いに行くのが楽しく
(ごちそうだと思っているからというのもあるが)
それだけに、買ったミュンヘン風ソーセージは
皮を破裂させないように真剣に茹でる。
鶏肉も美味しいのは皮だと思っているので
ソーセージも皮のプリプリ感が無くなるのは
悲しすぎる。

茹で上がったものをすぐに食べられるように
食卓の用意も万全にしておく必要があり、(真剣)
その緊張感が伝わるのか家人も食べるタイミングを
のばさないようにお酒の準備をしてくれるようになった。
酒呑みがお酒の燗の度合いやおつまみの順序・タイミングに
それぞれの儀式めいたものがあるように、
寒い季節にはこのお店のヴァイスブルストの
茹でたてのプリプリを楽しむのが個人的な楽しみなのだ。

C_0119.jpg

このお店のハムソーセージが美味しいのは勿論、
パンもあるのでそれを買う楽しみがある。
パンは1個¥105からあり、店頭に無くても物によっては
冷凍庫から出してくれるので柔らかい白いパンに飽きたら
ここのを買って、家で冷凍しておく。

基本グラムで量り売り、ベーコンは好みに応じた厚みで
スライスしてくれる。
毎月末の週末に切り売りする腿ハムも美味し過ぎて
そのタイミングでお店に行くとついふらふらと
買ってしまう。

どうしても手作り専門店のものはお値段が張るので
近くにあっても毎週のように買いに行く、という訳には
いかないが、それだけにたまに買い物に行く時は
品物を選ぶ楽しさもある。

乾物屋を覗くのが子供の頃好きだったのだが
ところてんをにゅるっと出したりオカラを量り売りしたり
フタの付いた木枠のケースを開けて練り物のオカズを
お店のおばさんが取り分ける様、そういう選択の多さと
モロモロのライブ感に
わくわくさせるものがあったのだろう。

今でも市場に並ぶ店で餅菓子数個だけ買ったりするのが
楽しかったりするのだが(ケチ臭い客…)
こういうのが専門店の魅力。

ゼーホフ工房が徒歩圏内にあるのがすごく嬉しいのだが、
「どこそこに出かけたらココではコレを買う」
というファン的な食べ物のお店が他にもいくつかあって、
どうか潰れないで続いてくれとひそかに願っている。

たまにしか買わないしケチ臭い客なのに申し訳ないけど。

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ファンであるパン屋のひとつ「あこべる」の「あこちゃん」と
家人がたまたまイベントで買って来た「しげくに屋55ベーカリー」というパン屋さんの
おいしい練乳ミルクフランス。このミルクフランスはちょっとびっくりの美味しさ。
幸せすぎる…

どぶろくが美味しい季節

家の周辺の紅葉がぼちぼち始まった。
紅よりは黄色になるものが多いのだが
その黄色と葉が落ちて陽が入る事もあって
家の中に明るい日射しが入るようになる。

夏には緑の陰ができ、寒くなれば日が当たるように
なるというのは、ほんとによくできていると
毎度ながら自然の仕組みに感謝する。

そして肌寒くなってくると美味しそうに見えるものに
ケーキやチョコレートといったコッテリ系の甘いもの、
それと醸造酒。

最寄り駅前の酒屋がわりとマニアックなものを
置いていて、11月の声が聞こえる頃になると
店先に「十二六注文受付中」の看板が出る。

これで「どぶろく」と読ませるのだが、
アルコール臭の苦手な人、お酒に弱い人でも
楽しめる(でもお酒です)甘酸っぱく、
果物のようないい香りのするどぶろくで、
ついつい毎年冬の間は買ってしまうのだ。

よくある酒粕風味の味ではなく、リンゴのシードルベース
の発泡性甘酒とでも言うか、とにかく香りが良くて
プチプチとした発泡具合が気持ちよく、ついおかわりしてしまう。
多分左党の方には甘すぎると感じるだろうが
アルコールに弱い人にはこれが丁度いい。
ビールと同じくらいの度数なので酔っぱらえます。

材料は米と米麹だけ、何故家で作る甘酒とは全然違うものになるのか
ホントに不思議なのだが、瓶の中でも発酵中なので
炭酸ガスが出る。
そのため、フタに小さな穴を空ける等、この十二六は
お酒の味と品質、流通、お客が購入した後のリスク
等に対処するための工夫をしている。

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この工夫は毎年のように変化があり、確か最初に買った頃は
フタに穴は無かった気がする。
だから開ける時にちょっとスリリングだった。
買って家へ持って帰る時にも揺らしたりしないでねと
お店のおじさんから言われて、ニトロでも持ち帰る気持ちで
大事に持って帰ったりした。
実際、すぐに冷蔵庫に入れても、開栓する時に
揺らしたり、冷蔵庫から出して室温に近づくと
中身がドバッと爆発的に出て大惨事になった事が1回あった。

そのあとどんどんフタの穴が目立つようになり、
今年のものはかなり穴が大きくなっていた。

でも、ただ穴を大きくすると気が抜けてプチプチ感を
楽しめないと考えたか、穴の部分に紙のような膜が
付けられていた。
そしてそのフタの上を紙で覆ってある。

味噌の容器にある味噌の呼吸用の穴のようなもので
開発と調整の過渡期にまだまだこの十二六は
あるのかもしれない。

以前より穴のせいかプチプチ感は抑えられたように思うが
ほんとに「ナマモノ」の新鮮な味が美味しい。
冷蔵庫に入れていても一度開栓すると発酵が進み
アルコールっぽさが出て来るこの十二六。
「酵母が生きてる」というのはよく味噌で
あるコピーだが、これほどそれを実感できるお酒も
そんなにないんじゃないかと思う。

荷物は少ないのにかぎる

断捨離というコトバはすっかり定着した感があるが
いざそれを実行し、さらに継続させていくのは
結構大変。

これを普段も意識するには、ヘタに広い家に
住まないほうがいいのではないかという気がする。

1317~01
庭のナツメの木、昨年は初なりで1個実がついたが今年は5個くらい。

以前借りていた築100年以上の古民家は、台所とお風呂以外に
6つの部屋があり、夫婦2人で住んでいると
いつの間にか荷物が増え、引っ越しの時は大変苦労した。
普段使うのは寝室と居間の2部屋で、その他はハッキリ言って
物置でしかなかった。
これでは「とりあえずここにおいとこ」で
モノが増えるのは当然。

その時思ったのが、こんなにも要らないモノに
囲まれて普段生活してるんだなあ、という事だった。

江戸時代の人間とは違うから、周辺機器やらが増えてしまうのは
ある程度仕方無いのだが、引っ越しの時に持って来たそのままの
段ボール状態でまた移動するモノを見ていると、
普段はいらないが資料として持っておきたいもの
の保管に、頭が痛い。

今の世の中、何か検索すれば簡単に調べられるから
昔の本やコミック等はいらないんじゃ?とも思うが
専門書等は手に入りにくいし、コミックも自分が持っているものは
結構絶版になっているものがあって、もう古びたそれらの場所も
やはり確保せねば。

1317~02
そしてやっぱり今年も鳥に食われてました〜

ここに住んで10年ほど、それなりに荷物も増えるので
少しではあるが衣替えついでに本や衣料品を整理して、
ブッ○オフに売りに行った。

本はもう何冊出したか忘れたが、なんだかんだで
7000円くらいになった。
しかし、作家のサインの入っているコミックよりも
今人気のあるジャ○プ系の単行本の方が高いというのが
なんか解せない。
レシートを見て、つくづく需要と供給というものを
考えた。

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無事な実を1個採った。なかなか大きいです。

衣料品は、自分の着るものは殆ど安いノーブランドの
カットソーだったりするし季節ハズレのモノを持って行った
ということもあってか、ジーンズやカットソー、
綿の上着にセーター等実に60点程も持って行って
2000円ちょっとだった。
レシートを見ると、なんと40点が5円での買い取り。

これをいくらで売るのか、あるいはこの値段は
もはや布として処理業者行きのレベルなのかもしれない。
きっと今頃は自分の持って行ったジーンズ等が¥200とかで
売られているに違いない。

査定風景を遠目に見ると、ノーブランドの服は例えそれが
国内の織りの生地だろうと、デザイナーが作った1点ものだろうと
ちゃちゃっと広げて数秒で終わり。
でも、一応どこかのブランドのものなら、多少くたびれたパーカーでも
念入りにタグなどをチェックしていた。

ジャ○プ系のキャラのガチャや箱入りフィギュア類は
Aランクがついてたりしたおかげで、6点でも2000円近くだった。

モノの値段はよくわからんなあと思うが
同じ中国での大量生産の製品でも、
買う人がいるか、よりどころとなるブランドがあるか、
それでつく値段は全く違う。

1517~02
でもよく見るとこの実もお尻に小さな穴が…虫かな?

生活形態で持ち物も変わるが、タンスに入りきらず
入れてもぎゅうぎゅうでシワになって結局
数シーズン着ていないそんな生活をいい加減
変えようと思った次第。
着るために買ったのに着られなくては意味が無い。

家の中での動線なんて決まっているのだから
物は少ないほうが、いい。



個人店の魅力ーゼルコバ

西武拝島線の西武立川という、夜うっかり寝過ごして
ここに来るとかなり寂しい気持ちになる駅がある。

夏はまだ虫の声が風流だなとか思えるが
冬寝過ごしてこの駅で降りた時にはそりゃもう寂しく、
数駅戻って自分の家の最寄り駅に着いた時には
ああなんて人がいっぱいいて賑やかなんだと
助かった気持ちになった程。(数年前の話なので今は
もしかして駅前の開発など進んでいるのかもしれませんが)

そんな駅から中途半端に15分ちょっと歩くか、
あるいは車で行くか、の場所にゼルコバというベーカリーがある。

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店名のとおり、ケヤキが看板みたいなもの。
もっともこのあたりはケヤキだらけですよ


パン好きで多摩エリアにいる方ならばきっとご存知かと思うお店で
サイトもセンスがよくて、行けばくつろげる事間違い無しの
佇まいのお店。

ここに初めて行ったのは10年近く前なんじゃないかと思うが
古くからこの地で農業をされている方が、子育てを終える頃に
何かやりたい、と石窯パンを作り始めたのが、始まりだったとか。
だから畑で取れた野菜が使われているパンもあるし、
工房と一体になった店舗は大正時代に建てられた養蚕小屋。

この辺りには、もう使われなくなって久しい養蚕小屋が
探すと結構残っている。高い所にも窓があって独特の造り。
住んでいる方が高齢化して、ある日壊され建て替えられると
もうそれまでの記憶は無くなってしまうが、
こうやって古いものに手を加えて使われていくのは
お客としてもほっとする空間になっていて嬉しい。
もっとも、古いものは手入れが必要で簡単な事ではないのだろうが。

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ここのパンは密度があるというのか、噛めば噛むほど
味の出るパンで、お腹にたまる。
店内で買ったパンを、お店のカフェスペースで食べて行く事も
出来るのだが、ここで売っているドリンクもまた
ホントにリンゴの味がしっかりするジュースやお米から作った
ドリンクなど、普段ジャンクなものを食べている人には
目の覚めるようなものが置いてある。

薄暗い養蚕小屋にもうけられた窓の位置やサイズも
これまたすごく考えられている気がする。

1212~01
窓からお店の入り口方向を見る。

ここが東京?という反応はおそらく沢山の人が
感じる事なんだろうと思うが、元々、この辺りの環境を
保って昔から暮らしている人達にとってはごく当たり前の
環境で、多摩地域はそれだけの田舎なのだ。

20年ちょっと前にこの辺りに来た時には、こういう場所は
他にも沢山あったのだがどんどん住宅開発されて
どこにでもある郊外型店舗が出来、景観が変わって行った。
そして農業をやる人も減って行って、住宅の側に残る畑は
今や土が飛ぶ、堆肥が臭う、虫が来ると新住民に文句を
言われる立場になっている。

このゼルコバは、お店をやっている人が比較的若く
センスもあって、週末行くとお昼過ぎにはもうパンが無いほどの
人気だが、自分の故郷の田舎のほうだと、恵まれた自然環境に
なれっこになっているのか、それを活かすよりむしろ
残念な方向になっている店舗をよく見かける。

決して演出とか、マーケティングということではなく
持ち合わせたセンスと、誠実さがこのゼルコバの雰囲気を
作っているのだろうと思うが、
それは多分、生活に根ざした、無理のない部分がお店にもそのまま
出ているからではないかと勝手に感じる。

この地域ならではの自然と生活が一体になった心地よさを
ずっと保っていて欲しいそんなお店だ。

_1225~01

これは、チェーン店では出せないものだと思う。
今は小売りはどこも厳しいと聞くが、
右肩上がりが当然ではなくなったのなら、こういう、
環境もひっくるめた、地域密着型店舗というのが
この先重宝がられるのではないかと
思うのだけど、どうなんでしょう?

ダメ。ゼッタイ。

某ショッピングセンターにて。

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急遽書いた感じがせっぱつまってる感が出てます。
「さわらないでください」ではないところも
店員さんの感情MAX。

もっとも後日ココに行ったら、この表示無くなってました。

暖房器具の時期に思う

朝起きた時に涼しい→肌寒いになっていたのが
いよいよ「冷える」になってきた。

10月最後の昨晩は知らないうちに家人がストーブを出し
1人で暖まっていて(知ったのは布団に入ってから)
なんだそりゃだったのだが
ともあれ、また寒い季節の到来だ。

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雑貨屋で見つけた、革製のコウモリストラップ。
ハロウィーンが過ぎても、アジアでは決してコウモリは不吉ではなくむしろ福なんで
別に問題ない。



最近また経団連のヨネクラ爺がわけの分からん発言をしていた。
北海道の泊原発を再稼働しないと厳冬期に停電すると
死者が出る、人命尊重のためにも再稼働しろや、というものだ。

これにはヤフコメに批判の嵐。

「北海道の事を知らない老害のたわごと」
「電気では暖をとるのに追いつかないから灯油が多い。
以前よりは電源を必要とする暖房器具が増えたとはいえ、
北海道は断熱構造がしっかりしている。
停電になったとしてもそれですぐ死者がでるとは思えない。
むしろ原発事故で外へ避難せざるをえなくなって凍死者が出る」
「原発のほうが停電より安全だと?」

など等、もっともな意見が多く具体的に書かれていて、
総じて「北海道の事を何も知らん爺は黙っとれ
だいたいなんであなたにその権限があるの?」
というものだった。

もうこのヨネ爺はお金沢山持ってるんだろうし
思い残すこともないだろうから、余生を大人しく、
有り余るお金を国内消費に使って経済活動にご協力して下さればいいと思う。
そのほうが世のため人のためだ。

その地域の事情を知らない人が、しかも事故の反省皆無で
高度成長の夢を忘れられず妄言を繰り返すのを見ると
呆れと怒りよりももはやもののあはれを感じるしかないが、
つまりはこのお方の今迄の主張もこの程度のものだという
事がバレバレで笑うしか無い。

こういうロビー団体が頑として存在するという事、
悪い大人の見本を、新聞のいうことなら正しいのだと
信じてしまう青少年は反面教師として学んでくれればいいが。

でも数日後にはこのじいさんの主張と似たような事を
某S新聞が書いていたようなので
つくづく、誰が何を見てどう思うのか、という根本を
原発事故以来考えさせられる。

あの日地震と事故が起こったのは事実で、その後沢山の
隠蔽事項が明るみにされてきた。
過去の政治家がどれだけ原発への備えを怠り、
その一方で「安全です」と喧伝していたのか、これはもう
調べれば山の様に出て来る「事実」だ。
被曝した人が出て、いまだ高い放射線がフクイチから出続けている
のも事実。

それでも、原発は必要だと主張する人達はいて、
それを「結果的に」肯定している人がいる。

自分にとっては、創業者がバリバリの推進派で
その立ち位置を今も変えない新聞は読みたくない。

でも、そうでない人もいるのだ。
同じ事を体験しても、その人の立ち位置で180度違う
意見になる。

1439~01
昭和記念公園の日本庭園で一服。秋の日射しがちらちら。

どこかで起こった事は、自分の住む場所でも起こりえる
というのが、廃プラ施設の件で自分が思い知った事だ。

だから、自分の選択で後悔しないように
できるかぎり情報を仕入れ、考えるようにしたいし
「仕方無い」という「受け入れ」だけはしたくないと
思っている。

今のこの国では「受け入れ」は言葉としては柔らかいが
その内実は殆ど「なんだかよく分からないけど仕方無い」
「反対してもどうせダメだし」「皆我慢しているんだし」
という消極的な姿勢→結果的「肯定」でしかない。

よく「スルースキル」という事が言われるが
スルーするのは結果的に自分の首を絞めることに
なる物事だってあるのだ。

政治に関わる人には中には想像力というのが乏しい人もいて、
そんな人達で構成された議会に至っては、
一般の人達が「え??常識的に考えて、ありえない」
と思うような事だって、やってのけようとするのだ。
だから、「まさかそんな計画は実行されないでしょ
何年ももめてて何も進んでないし」とか安心するのは、
これまた根拠の無い安心・信頼と現状維持にどっぷり浸かった
ボケた考え方だ。

その水面下で、言葉の上っ面を扱う事に長けた人達が
内容が分かりにくい表現でもって、計画を進めて
ある日突然、何かの決定がなされているのだから。

「空気を読む」のばかり得意になって、
誰かの言葉を鵜呑みにしてしまっていないか
時々、立ち止まって考える事も無駄ではないと思う今日この頃。


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プロフィール

くろけろ

Author:くろけろ
ケロをこよなく愛する玉川上水ほとりの住人です。
庭をヒキガエル様の根城にしていただきたいけど
目下果たせず。

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