2013-11

マビキと白身魚の楽しみ

以前シイラの料理(ちょっと焦げあり)の記事を書きましたが
東京在住の方より「いいな〜シイラが食べられるなんて」と
うれしいコメントをいただきました。

いやそれが結構安いんですわ。

魚は呼び名も各地で違うけど、
同じ魚でもフツーに安い総菜用魚扱いの地域があるかと思えば
デパートで高級魚として売られていたりと
あるいは獲れてもそこでは何故かそんなに食されず、そこから離れた場所で
好んで食べられてる…など、扱いもいろいろ。
獲れる獲れない以外にも、食文化みたいなものが左右するのかなあ
ぶっちゃけ好みかどうかってことなんでしょうか?

シイラに関して言えば、福岡の海近くのここらへんでは
身がピンク色の、比較的新鮮な状態の切り身が普通に売られている。
まだ刺身で食べたことはないが、なによりもシイラは刺身が一番と
考える地域もあるようだ。

で、近所のスーパーでゲットしたコレ。
「マビキ」フライ、ムニエルに、と書いてある。

131030_1715.jpg

マビキ?

この名称でそういやこういう大きな切り身がよく売られているなあ
とは思っていたのですが…
中落ちみたく、なんかの魚の身を間引いたものかと思ってた。

そしたらこれも、シイラでした。

この地域での呼び名らしいんだけど
他にもマンビキとかなんとかいろんな呼称があるようで。
知らないと、買いそびれてしまう…

こっちに来て思うのですが…
肉や魚のパックが結構でかいんですわ。
同居世帯が多いのか子供が多いのか?

肉のハ○マサかと思う様な規格で肉やモツやらが
パックされていたりするので、少人数の世帯としては
残りは冷凍へ、となる。
魚って冷凍どうなんだろと思いつつ、シイラの切り身を
前回冷凍してみたのだが、まったく問題無く使えた。
これはお得だ。

131030_19.jpg
この大きな切り身どうするよと言いつつ、結局全部いっぺんに
料理してしまいました…でも酢醤油であっさりしてるから2人でも問題無い。


んで、前回とは趣向を変えて、ポン酢味にしてみる。
ネギと一緒にフライパンでカリッと焼き目をつけて、
最後にポン酢醤油をかける。
これもいけます。この魚ほんと臭みが無いです。

131030.jpg
ほんとの酢醤油だけだとストイックすぎると思う場合はちょっと味醂を足しましょう。

でも、シイラは同じ白身でもタラにみたいにブリブリした食感が無いし
脂分が少なくて筋肉質だから、酢醤油味だとますます身が締まって
しまうような気もする。
個人的意見ですが、この淡白な身にはちょっと油分がある調理法の方が
合うのかなあ例えばクリーム系。

品種は違うけど白身の魚でキノコとホワイトクリームソース仕立てに
してみました。
考えたらまともにイチからホワイトクリームソース作ったのって始めてか?
めったに作らないからホワイトソースという言葉も忘れてた。

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う〜白身魚とクリーム合う〜


季節はいつのまにか肌寒いを過ぎてもう冬といってもいい季節になって、
魚屋の店先に並ぶ品も変わって来た。

131119_13.jpg
大迫力。しかし、関東にいたのに、スーパーでこういうフレッシュな
丸の状態の鮭を見た記憶が無いのは何故だろう?


昨日出ていたのがカワハギ刺身、肝付き。
そういや、カワハギの刺身って美味しいといわれているのに
あんまり食べたこと無いなあと気付き、「旬」の文字に踊らされて
買ってしまった。
しかしこれが大正解。

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薄いピンクの身。フグみたいに皮も付いて来た。

何この身、コブ締めしてあるの?
と思う程濃い味の身。(醤油いらないくらい)
値段考えたらフグより断然お得なんじゃないのかこの味で。
なんたって1人あたり¥200しないくらいだし。

これからどんどん寒くなると肝は太るけど身はやせる
と言われるカワハギらしいけど、寒い季節の旬も
またいろいろ楽しめそうです。
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なにこのかわいい生きもの

今回は蝶の写真が出て来ますので、
虫と名付けられているものはしじみだろうとアゲハだろうと
ごめんこうむる、という方はスルーして下さい。

10月上旬のお天気の日にベランダから視線を感じてふと見ると
そこにはウサギかげっ歯類のような正面顔の何かがいた。

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ケータイ写真ゆえショボイです

なにこのかわいいいきもの。

というわけでもうちょっと寄ってみた。

131002_1240~01
こういう顔のほ乳類いなかったっけ。

時折思い出したようにひらりひらりと鉢のまわりを飛んでは
またピタッと止まることを繰り返していたが
暖かいこの場所がお気に入りなのか随分長く花も何も無い鉢で
お休みしていた。

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はいは〜い、視線こっちに下さい

こうなるとデジカメの出番、逃げないうちに、と
引っぱり出してきてこのかわいい生きものの
正面顔撮影開始。

カメラを向けるとなぜかだんだんと近づいて来て、
正面を向いてくれるのはどういうわけなのか。

DSC_04440.jpg
頭丸っ!耳はドコに行ったと思ってしまう

あまりにもポピュラーな蝶なので、いままであらためて調べることが
無かったが、イチモンジセセリというらしい。
そういやよく聞く名前だな…
胴体が太い上にもふもふしていて色合いも地味、
オマケに黒々とした目玉のためか蛾に間違われがちだけど
れっきとした蝶の仲間。

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名前は羽にある四角いドット模様が一文字に並ぶからだそうです

イネ科が大好きとかで、となると稲の害虫とも言えるわけだ。
ここもすぐ前に田んぼがあるのでなるほどねーと思う訳だが、
稲に限らずそこらに沢山生えてるイネ科の草もきっと
彼らにはうれしい家とご飯になるんだろう。
実際イネ科に限らずノブドウなどそこらに生えてる
ポピュラーな草周辺でぴろぴろ飛んでいるコレを見かける。

虫というだけでまさに虫けら扱いされる存在も
よく見ると顔が予想外に可愛かったりするものも多い。
自分のとっては家の中でぴょこぴょこしている
ハエトリグモなんかも正面顔はキュ−トでたまらんと思う。
もっとも、この「かわいい」と思う観点は人間だけなんだろうが、
それでもどうしてこういう顔に作られたのだろうと
思わずにはいられない虫は他にも沢山いる。
かわいい系の虫画像はこちら←クリック

赤ちゃんがかわいい造作なのは、大人にそう思わせて
守らせるためだとかいう話をどっかで聞いた気がするが
虫もそういう意図が…?
いやまさか。

みかん狩り

海の近くで九州で、となると
この時期多分やるだろうと思ってたら
やっぱり近所で「みかん狩り」をやるらしくチラシが入っていた。

みかん狩りなど、父と散歩に出たら
散歩というにはドコ迄行くのだという遠足になり
気付いたらみかん狩りをしていた、という数十年前の記憶しかない。

ここらへんの産直の店で既に今シーズンのみかんは
おいしいとわかっているので、数十年ぶりに出かけた。
近いし予約もいらないのが気楽だ。
「みかんが無くなり次第終了」という言葉と
田舎の老人は早くから頑張りそうだという偏見が
珍しく自分達を早い行動に移させた。

自転車でも充分な距離の運動公園に車を停めたら、
そこからは市がマイクロバスで現地まで送迎してくれるらしい。
で、おそらくは丁度受付開始時間をちょっと過ぎた頃かと
思える時間に行ったら、マイクロバス乗り場は長蛇の列だった。

ここに来て、何かにこんなに行列なしているのって初めて見た。

地図見たら徒歩15分かそこらで充分着きそうな場所に
みかん山があるようなので、バスに乗らず歩いて行った。
もっと山の中を入って行くのかと思ったら案外車の走る道から
入ってすぐのあたりにみかん狩りの場所はあった。

131109_1048.jpg
めざす場所に行く道すがら何か現れました。

子供も採り易いように、世話がしやすいように低めにしたてた
みかんの木が、段々になった畑にほどよく植えてある。
ビニールを家からも持っていってたが、受付でも更に2枚もらって
やる気満々でちょきちょきみかんを狩りまくる。

しかし、いっぺんに沢山とっても、ちょっとあったかいと
みかんはすぐにカビが来るし…

これが夏なら冷凍みかんにするところだが。
冬場まったく冷たいものを食べない自分には
冷凍してまで…という気持ちがある。
マーマレードにするには皮の厚い柑橘でないと、だし
やっぱりおいしいのはフレッシュな内だよなあ。
というわけでやる気満々でも気持ちのうえでは
結局どこかしらセーブしつつ、みかんを狩る。

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ちなみにここは「なまずの郷」という場所なのです。
沖縄に果物のバス停が結構あったのを思い出した…


興味深かったのは、みなさん結構大物狙いということ。
どっちかというと大きめのみかんがなっている木には人が多いが
小ぶりのみかんのなる木にはあまり人がいない。

どちらのタイプの木も数本試食してみたのだが、
小さいほうが明らかに味が濃いし、袋も薄くて口の中に残らない。
なんで大きいのが人気なんだろう…
何か収穫後の裏技でもあるのか?

といぶかしみながら試食しては小さいのをチョキチョキしてたら
どこかの一家のお父さんが「小さいほうが味が濃いぞ」と
言っているのを聞いて、ちょっと安心した。

1311.jpg
段差をつけてあるみかん畑、子供はやっぱり高い畑に行きたがるね。

採りながら時々試食すると、あまりにも新しいためか
ぱっつんぱっつんで且つ薄い皮がむちゃくちゃ剥きにくい。
しかし酸味と甘さのどちらも濃くて、汁気たっぷりなのに
味の濃さにぱくついてたらむせる程。
マイ軍手の土汚れがみかんに着くのも気にならない美味しさ。
これを食べつけたらこの先シーズン下降線のみかんの薄い味が
いよいよ寂しいものに感じるだろう。

ビニールが破けて来て、もういいかげんここらで
よしとするか、という量をとって、量ってもらってお会計。
入園料もいらないから、ほんとにみかんの料金だけ。
ちなみにここのはキロ¥150。
¥1300分ほどを2人で抱えて、帰路もまた車まで歩く。

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だいたい1袋3キロ。でも小さいみかんだからやたら個数がある。

会計の後にアンケートに答えると、抽選でなにがしかが当たる。
近くの産直のお店で使える¥500券。
これはかなりうれしい。このあたりの産直のお店では
¥500あれば3〜5袋の野菜が買えるのだから。
あ、アンケートの今後の希望というのに、
「すとり栽培を推奨してください」って書けばよかった。

帰り道にあるその産直のお店で念願のクランベリーの鉢を買い、
また我が家に植物の家族が増えた。

手軽で季節の実りを満喫できるこのみかん狩り、
来年も行きたいものだ。でも今年こんなに美味しかったら
来年は裏年??
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この1週間みかんを一日何個食べているやら…そろそろ手が黄色く?

親のみおくり

母親が息を引き取った。

いつかは誰しも亡くなるものだ。
年齢で順繰りであれば大抵は親の方が子供より先に逝くのだし
病気からして覚悟していた事ではあるが、
人がだんだんと衰えて行くのを見るのはやはり辛い。

一番辛かったのは時折不調を訴える母の声が
もう不明瞭になっていた時、何度も聞き返さなくてはならず
しかもその結果何を言っているのかわからないから
対処のしようがなくて、本人にも負担だったと思える事だ。
あの時、母は何を訴えていたのか、と今も気になる。
苦痛はその後薬で対処できていたと思いたいが、
でもやはり気になる。
意思疎通用のタッチボードみたいなのがあればいいと思った。
寝間着の構造やベッドのあり方とか、実際それが必要になると
もっとこういうのがあればいいのに、と思ったものは
沢山ある。健康な時には考えもつかないが。

自分の事よりも常に人の心配をするたちだった親だが
病状が深刻になり緩和ケア病棟への体験入院をすすめられた時に
はっきりと自分の気持ちを言い、断った。
母が他者にこんなふうに強い言い方をしたのを見たのは初めてだったが
それが本人の希望どおり家で最期をむかえられたことにつながった。

往診のドクター、訪問看護の看護士さん、ヘルパーさんには
大変な仕事を患者や家族を気遣いながらされている姿に
毎度感謝するしかなかった。本当に救いだった。
今は在宅でも、病棟にいるのとそう変わらないレベルの緩和ケアを
受けられるという説明どおりだった。

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こっちに引っ越してからもっと初期の段階で
あちこち連れて行ってやればよかった、
いよいよ衰弱する前にもっと早めに美味しいものを口に入れてやれば
よかった、と後悔はある。
きっとどうやっても後悔は何がしか出て来ると思う。

息を引き取って通夜、葬儀、初七日と葬儀会社の手配は
実に無駄が無くスピーディーで、日本人すごいと思った。
きっとヘタに時間があると悲しんでばかりになるから
このシステマチックな流れはある意味遺族は助かっている部分が
あるんだろう。
会場でお坊さんがきらめく衣装を着てお経を読んだり
司会の方が厳粛に式次第の説明をしている時には、
「システム」という言葉が浮かび悲しいという感情は消し飛ぶ。
多分自分が不信心な不心得者だからなんだと思うが。

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問題はこの先家へ行く度、つい数日前にはいた親が
「もういない」という事を
ふとした時に実感するその喪失感だ。

様子を見に行っていた時に駅前の楠が沢山の実をつけていた。
鼻が利く母にはこの実の香りは気分転換になるかもしれない、と思い
実を1つ摘んで上着のポケットに入れた。
そしてその日はそのまま忘れてしまった。

いいや、次にまたすぐ来るから、と思って実際すぐ翌日行ったのだが
その時もまた忘れてしまった。

葬儀も終わり、家に残していたその上着を持ち帰り
自分の住処に持って帰ったら、カーペットの上に黒っぽく縮んだ楠の実が
枯れた茎と分かれて転がった。摘んだ日から5日目だった。

こういう時の感情のやり場を、私は知らない。
しかし思ったのは、自分の人生には自分で責任を持つことが大事だということだ。

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やっとケヤキもそれらしく紅葉してきました。


その人の人生がどうだったこうだったと他者が言うのは意味の無い事だ。
ずっと充実した人生だったのが死に際だけ「不幸な亡くなり方」だったら
その人が不幸だったのかというとそうではないだろうしその反対もあるだろう。
乱暴な言い方だが葬儀は遺族の気が済むからやる手続きでしかないと思えた。
(あくまで自分1人の感想です)
でも、だからといってどうでもいいということではない。
「骨は庭にまいてくれ」とかねてからシンプル志向を語っていた母なので
お坊さんの読経をどう思って見ていただろうか?と。
「なんでもいい。アンタ達のいいようにやんなさい」と言ってくれそうだけど
そうは言いながらお経より好きなショパンの音楽がよかったんじゃないか?
などと思いながらお経を聞いていた罰当たりな娘。

自分が亡くなった後の事はどうでもいいと言いながら、
いざそうなると、どの着物を着せたらいいか、何を棺に入れようか
時間も無い中で遺族はいろんな判断を迫られる。
ある程度生前本人が指定しておくほうが遺族は迷わなくて済むし
後悔も少なくて済む。

亡くなり方とその後の式その他を本人がどうしたいか、
気が変わる事もあるだろうし、タイミングなど難しいとは思うが
家族と話し合っておくのは大事な事なんじゃないかと思えた。

自分の時には宗教色無しで、フレディの歌流してもらって
ああ、あと写りのいい写真(あるのか…?)を自分でピックアップしておく
もちろんフォトショップで修正しておく事も必須かなあと。
どうせイザという時には忘れてしまうんだろうけど。


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くろけろ

Author:くろけろ
ケロをこよなく愛する玉川上水ほとりの住人です。
庭をヒキガエル様の根城にしていただきたいけど
目下果たせず。

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