2016-01

成人式って要るの?

とっくに過ぎた季節ネタですが。

式典でハデ派手なハタチの若者がやってくることで
全国的に有名な北九州市が、事前に
「もうちょっと抑えた格好で来ようね」と言っていたことが
ニュースになっていた。
結果、花魁など相変わらず素晴らしい趣向を凝らした衣装の方々が
やって来たようだが、荒れるという程ではなかったらしい。

厳粛な式典ならば結婚式やお葬式のそれのように、
一応ドレスコードがあるんだろう、一般的には。
しかし成人式に関しては、ファッションのアレコレを
他人が指図するのは野暮だ。
式のためのド派手な羽織袴その他のために数十万かかるから
働いてお金をためるという新成人の話は、
ある意味立派だと思うし、やりたい様にやれば?と思う。
どうせ社会人になれば似た様なダークスーツに見を包むことに
なる人が多いのだから。

…と、自分が思うのは、ひとえに
成人式は何も地方自治体が祝ってやるものじゃなくて
ごくごくプライベートなものなんじゃないか

という前提があるからだ。

ちなみに自分は上京していたので、成人式のためだけに
帰省するのも大変だし(当時はまだ、お正月の帰省に会わせる
というのはなかった)
浅草の老舗ブロマイド屋マルベル堂で
記念の写真を撮ってもらって成人の個人的祝い終了。
普段着だが髪の毛が普段と違い失敗パーマで大後悔。
よくあるミスです。

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1/23〜24に降った雪はこっちには珍しいサラサラ雪。
積雪はここは大したこと無かったが、強烈な海風でブリザード状態…


小さい頃からプリクラがあり、コスプレが
一部のミリタリーorアニメオタクのためのものでは
既に無くなっていた世代には、ちょっと見何だコレは
と思う様な着物にヘアスタイルを晴れ着と考えるのは
多分おかしなことでもないのだろう。
後になって(あの時は変なカッコしてしまったな)
感慨にふけるのもアリなんじゃないか。
センスの問題でいえば、派手な着物に茶色いくるくるの髪に
短い首をさらに短く見せる白の肩掛け
(あれは80年代で絶滅すると期待したのに続いているのがすごい)
そしてやたらデコラティブな飾りを付けるのは成人式より
七五三みたいで個人的にはどうかと思うが。

特に地方の成人式では、地元愛の強い
ヤンキー&マイルドヤンキーと言われる人達が多いらしいが
そういう人達は中学のグループで集まってワイワイやりたいだけで
年寄りのおっさん達の長い祝辞など聞きたくないだろう。
突っ張って会場でマイクを奪いたい彼等のために
税金を投入して、行政が成人式をやる意味は、全く無い。

放っときゃいいのだ。
彼等は勝手に自分達でやりたいようにやるだろう。
友達と祝って帰って来た子供を家族が祝ってやれば良いし。
今の「荒れる成人式」を見ていると、
町内会費で子供会のクリスマス会をやるのと何の違いが有るのか
という気がする。
成人式自体を否定しているわけではない。
税金で、行政が主催するのはもう見直した方がいい。

子供が成人前に死んでいた時代ならば式のありがたみは
違っただろうから、そういうルーツは尊重したい。
しかし某夢の国での成人式などなんかもう違うだろうと思うし
支持票のため政治家が挨拶するのも何かズレてる。
実際マイク奪われる自治体の長は気の毒ですらある。
やめちゃえばいいのに。

本人が「晴れ着とかは、こっ恥ずかしいからいらない」
と思っても祖父母が「いやいや」とお金を出すんだろなあと
思っていたのだが、スーパーでのどこかのおばあさん同士の会話
「うちの孫がね、着物いらんと言うからね」
「まぁ〜偉いねぇ ああいうのにお金出すなら
その分将来に蓄えた方がいいけんね」
的な事を言っていて、そういう意識のジジババもいて
ちょっと安心した事があった。

新成人には、地元愛も結構だが、
そこだけで固まるのではなく
地元も別の場所も知って広く見聞(年寄りくさい)して
もらいたいなーと思う、とっくの昔に成人したブログ主でした。

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1月の洋菓子

年が明けて次の週の金曜日、
金曜日の午後にしか開かないという
知る人ぞ知るお菓子の店へ行ってみた。

なんでも金曜の13時に開店、30分後には
あと数個と残り少なくなるという人気のお店。
間に合う様に行ったつもりだった。
だが13時10分過ぎに店のあるマンションで念のため
電話を入れると、なんともう売り切れていたのだった…
どうりで、看板がドアのところに何も出ていないと
思ったら…

事前に電話して取り置きも可能らしく、
学生の帰省客もまだいる時期だったし、
年明け初の営業日、きっと随分前から並んだり
予約していたお客がいたのだろう。
しかしこんなに早く売り切れるとは…!

寒い風が吹き付けるどんよりとした天気の中
1時間ちょっとかけて行ったので、この空振りには
いつぞやのエルベドイツケーキ←(クリック)の時の記憶が甦る。
あの時も寒い季節だったな…

お昼がまだだったので、懐かしのツンドラで一服し、
せっかく来たのだからとちょっとだけうろついて、
博多駅に移動してまたうろうろ。
空振りだったため一層お菓子が欲しくなり、
阪急でガレットを買って帰ることにした。

阪急の地下のスイーツコーナーにある「ロン・ポワン」。
(どうも東京に同じ名前の店があるようですがこれは福岡の別のお店です)
ここの焼き菓子が好きで、たま〜に買う。
決して甘党ではないし、ここの焼き菓子はこってりしているので
フンパツしてたまに、という時にこそ、な位置づけなのです。

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前々から気になっていたガレットを買う。
ガレット・デ・ロアというこのお菓子は、
フランスでは新年を祝うためのもので、
元日といわず1月いっぱいは、このお菓子が
売られているらしい。(地域差があるらしいけど)

以前合羽橋で、このお菓子に入れる小さな人形
「フェーブ」が売られているのを見たが
ロン・ポワンで買うと、フェーブは別の袋に入れた状態で
付けてくれ、買った人が家でガレットを切り分けた後
仕込めるようになっている。
確かに、そうしておかないと今は異物混入だ、と騒がれかねないし
うっかり歯を欠けさせてしまったり誤飲騒ぎになったりと
いろいろ面倒なのだろう。

持ち帰って箱を開けると、中には紙の王冠も付けてあった。
フェーブが当たった人はその日一日王様あるいは女王様になって
えっへん、と出来るということなんだが、
2人しかいないとどっちがなってもあんまり変わらんというか…

さて、夕食後甘党のダンナがいそいそと
箱からガレットを出し、切り分けてくれたが
「なんかチャーリー・ブラウンみたいなのがいるよ。
ほら、禿げてるところが似てる」

と、見せてくれたフェーブは、
確かにチャーリー・ブラウンに似ていた。
「ふーん、フェーブってなんかこう伝統的なおもちゃの兵隊とか
クマちゃんみたいなノンキャラ系と思ってたけど
やけにキャラクターっぽいね、これ…

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紙の王冠がキュート。

ん?んん?
…これ、チャーリーじゃなくて…
ライナスなんじゃないの?
よく見たら土台にマルC表示とライナスって書いてある」

老眼が進んだダンナは表示がよくわからなかったらしい。
どう見てもスヌーピーのライナスであり、
ハゲだと思った頭にはちゃんと毛が描いてあった。
チャーリーブラウンだと思ったのは
キャラ分類としてはあながち遠い間違いじゃないけど。

スヌーピーでもチャーリーブラウンでもなく
ライナスというのがなんとも言えないが
じゃあ他のガレットにはルーシーも入っていたのだろうか。

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確かにライナスなんだけど…おっさんくさいのは何故。ひとえに髪の毛か。

肝心のお味だが…
とにかく美味なので、これはもう今月中に
ロン・ポワンでお買い求め下さい。
(まだ売っているのか謎ですが)

パイ生地のバターの風味が香り立つのは
やはり新しいうち。焼き菓子といえどもたないので
買ったらなる早でぜひ。冷蔵庫に入れると香りが失せる。
アーモンドとカスタードクリーム系の味の、
スポンジとクリームの中間のような食感のフィリング
(正確な呼び方があるんだろうけど知らない…そんな味がします)
も、ほんとにじわっとジューシーで、濃厚でおいしい。

これが1月の限られた期間しか売られていないとしても、
そのくらいで丁度いいと思えるほど美味しかった。
あまりに美味しい物は、いつもすぐに買って食べられると
ありがたみが薄らぐからこれでいいのだ。

クリームやフルーツでデコレーションされた
華やかな見た目のお菓子ではなく伝統的な
焼き菓子を阪急店では販売しているが、
ここのお菓子の中身の贅沢さには、だから「ごくたまに」
くらいが丁度いいと感じる。

最初の目的は果たせなかったが、
そのお陰で1月にふさわしいお菓子を味わえたので
それはそれで。

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こってり濃厚なお菓子なので酸味のある果物を
少しだけ添えたくなる。写真は値引きあまおう。地元だと結構安いんですわ。

ちょっとそこまで佐賀県小さな旅④〜武雄温泉

元日、吉野ヶ里を後にして、佐世保方面の電車に乗る。
はっきり言って電車の本数が少ない。そして2両編成だったりする。
鳥栖発ならば特急に乗れるが、途中の吉野ヶ里には止まらない。
(ちなみに、鳥栖から佐世保方面へ行くのは
普通電車より特急の方が倍近く本数が多いという不思議)

ガタゴトと揺られていてふと気付いた。
先頭車両の運転席の後ろに、運賃箱があるのに。

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もしかして無人駅があるのか?と思っていたら、
目的地へ近づくにつれ駅が小さくなっていき、
「次は○○です。お降りの方は前もって
先頭車両に移動お願いします」
というアナウンス。

はたして、駅に着くとドアは先頭の一箇所だけしか開かず、
降りる人達は運賃箱に切符を入れていくではないか。
整理券の箱があるのもトマソンでは無かったという事か…
中には「切符を落とした」と運転士さんに申告している人も。
これはやはり無人駅があるということか。
運賃箱にICカード読み取りが無いから、私ら降りる時どうなるの
と一瞬思ったが、目的地の武雄温泉駅は、新幹線を通すとか
なんとか言ってるらしいし、数年前に改築して高架になったというから、
まさか無人駅ということもなかろう。

で、武雄温泉駅に着いた。
確かに、高架で立派になっていた。
でも、吉野ケ里公園からICカードで入った私らは、
途中で対応圏外になっていたようで、結局窓口で対応して
もらわねばならなかった。
記録は「入場」のままなので、帰りに対応圏に入ったら
出場の手続きをしないといけない。
ICカードの福岡、佐賀圏内対応エリアと、その先の長崎方面の
エリアとは跨がって使えないということで、
武雄温泉は佐賀なのになんでだと思うけれど、
ここらへんメンドクサイが仕方がない。

さて、武雄温泉駅は北側に温泉宿街があり、
反対側に役所やスーパー、武雄図書館がある。
泊まるビジネスホテルは温泉街とは反対側だが
お昼を食べてなかったので、何かとりあえず食べようと
ずっと食べたいと思っていたホワイト餃子のお店
「餃子会館」を目指す。

「………。」
正月休みだった。
アタリマエデスネー

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店の笑顔の看板が食べられないだけにいっそう枯れた味わいです。

最初の一軒の不発で、もうガックシ来る。
頭の中は「餃子餃子♪」だったから。
それに、通りにある飲食店が軒並みシャッター降りてるし
「謹賀新年」の例の紙が貼ってある。
ああ、これはもしかして…
どこに行ってもお店が開いて無いかもしれない。

反対側の温泉街なら、宿があるんだし何かやってるんじゃない?
と行ってみたが…どの店も元日から開いてる所は無い。
「謹賀新年」の紙に書いてある開店日の案内も
「新年は2日夜から営業します」
「4日から営業」
「5日から営業」

「……。」


「とりあえず、宿に行こうか。予定より早いから電話いれるわ」
ホテルのフロントのお姉さんの対応がにこやかで
救われる思いで、空振りの餃子会館からすぐ近くのホテルへ。
まるでゲストハウスのようなアットホームなレイアウトの
こじんまりとしたフロントのそこはエレベーターが1基しかない
築20年近いビジネスホテルだったが、フロントの対応が
マニュアルマニュアルしてなくて、とてもいい感じだった。
(セントラル武○という宿です)

「俺フロントでカップラーメン買ってくるけど要る?」
何が悲しゅうて元日にカップ焼きそばを…
お腹は空いていたが、(いや、ここでそんなもの
食べるわけにはいかぬ…)と「いる?」と聞くダンナに
ううんと答え、ただ一軒やっていそうだった名物バーガーの店の
電話番号を調べるのだった。

「この電話番号は只今使われておりません」
ハァアア?

駅のチラシその他に電話番号載せといてこれか?コンニャロ、と
空腹で粗暴になっている自分にカップ焼きそばを食べながらダンナは
「ゆめタウンまで行けばなんかあるんじゃない?
それか反対側にコンビニがあるけど」

…。コンビニよりはスーパーの方に行ってみよう。
ついでに武雄図書館をのぞいて、
その後温泉に行こうか。

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決して「甘党」ではないが惹かれるお店。もちろんお休みですとも、ええ。

てなわけでフロントで無料の「温泉セット」を借りて
薄暗くなってきた元日の夕方6時過ぎに
歩いて15分かそこらのゆめタウンのスナックコーナーで
大阪王将のホイコーロ定食と餃子を食べたのだった。
このゆめタウンがやたらに混んでいて、おそらく同じ様な境遇の
人達がやって来たんだろうが、帰省して来たのか旅行か
こんなに人がいたのか、と思う程若者がいっぱい。

そして全国的にいろいろと有名になった武雄図書館は
このスーパーの向かい。
丁度2月までイルミネーションで庭が綺麗だとかで、
夜行って正解だった。
館内の写真撮影は禁止なので写真はその庭だけにしたが、
ひと言で言うなら、目当ての蔵書がちゃんと有るならば、
ゆったりできていい図書館だと思った。
ただ、大人向けに作ってあると感じた。

というのは大抵入り口近くにある児童書コーナーが
ここでは反対に一番奥に設けてあり、
受付の職員から子供への目は届きにくい造りになっているから。
子供と親が児童書コーナーへ行くには、売り物あるいは図書館の
大人向けの本のコーナーを突っ切って行くことになり、
子供には目移りするかもしれない。
奥にあるから安心するという考え方もあるかもしれないが、
スタバや、売り物の本や文具が一番目立つ場所にあるのは
図書館より営利が先なのかなという印象だ。

ただ、建物そのものは落ち着く造りだし
販売コーナーの本の見せ方は見易いし
テーマもはっきりしていて良かった。
いっそツ○ヤは販売だけにして、図書館業務は
それまでの自治体の職員が継続すればいいのに…
そうしたら、「Windows95」が何冊もある、とかいう
”ツタ○の在庫処理かコラ”なブーイングは起こらなかった
んじゃないかと思うんだけど…
(ダンナ曰く、「Windows95まだ置いてあったよ」だそうです。
指摘されたんだから、引っ込めりゃいいのに…)


図書館土産コーナーには地元の珈琲豆焙煎業者との
タイアップの品があった。
ならばス○バじゃなくてそのコーヒー店に中での販売も
してもらって、お菓子は例の「甘党の店」に出店してもらえば
地元雇用にもなるんじゃないの?とちょっと思ってみたり。
(でも、○タバが進出していない地域では、おはぎよりスタ○の方が
嬉しいのだろう、というのもわかる。)

本を読む空間にコーヒーの香りが漂っているのは
とても落ち着くものだし、茶党の自分にも好ましいと
思えたが、「販売」するのがメインではなく
「図書館」ならば、「いかがですか〜」と高音で言うおねえさんよりも
渋いおじさんにお店やって欲しい、かなあ。
あくまでも中年の意見ですが。

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これがイルミネーション。ス○バで買ったものを飲みながらゆったり外を
眺められる大きな窓が面していて、館内から見てもとてもムーディー。


メインイベントの1つだった温泉は、電話してビジターOKだった
大正レトロを売りにしている宿へもらいにいった。
大食堂からの夕食の匂いが沁みるが、ここではお湯だけ。
混んでいるかもしれませんとフロントで言われたが、
そうでもなく、というよりむしろ露天は一人だけという
快適さをゆっくり楽しむ。

翌朝は、ビジネスホテルでありながら手作り感溢れるバイキングの朝食を
大変美味しくいただいた。空腹は最良の調味料。
豪華な山海の珍味を味わうというわけにはいかなかったが、
2000余年の歴史と温泉と現代建築(明治〜昭和レトロ〜平成含む)
を手近で楽しめた小旅行はこれで終わり。

翌日帰りの電車では楽しようと特急に乗ったのに
帰省客で満員、全然楽じゃなく結局佐賀駅で
途中下車→普通電車でトコトコ帰るはめになったのだった。
休業日といい帰省客の動きといい、すっかり世の中の動向を
忘れていたアホだったが、帰途で東南アジア系の人達が
いるな…と思ったら、どうもタイで制作公開されてヒットした
佐賀ロケの映画やテレビドラマの影響で
聖地参りの観光客が増えたらしい。

今爆買いしている某国の人達もいずれは落ち着くだろうし
すでに富裕層は「疲れる我が国を離れてのんびりしに来てるのだから
日本に来て同国人に会いたくない」という理由で
地方都市や穴場リゾートに家族単位で個人旅行しに来ている。

「東京、京都以外に行きたい」という層が自由に個人の興味で
旅行をするようになってきているのを、佐賀は狙っていたようで
タイへは積極的にロケ地のアピールへ出かけたらしい。
その成果ということなのだろうか、「聖地」の神社ではおみくじの
タイ語版も…という話がでていたとかなんとか。
地方都市がそこならではの魅力を外部の人にアピールできるかどうかは
同じ様な店、画一的な街並み、寝に帰るだけの住宅地
ばかりにしないことだろうとは思うけど、なによりそこに住んでいる人が
自分達の地域に愛着を持てないとそれは無理だろうなとは思う。
そういう意味では、いかに宿が満室だろうと
正月にきっぱり休む個人店が多く全国チェーン店が少ない
ひなびた武雄温泉は、
変に観光地観光地してないからいいのか…も?
新幹線通さないほうがいいんじゃないのと何となく思ってみたり。

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吉野ヶ里から武雄温泉の途中の牛津駅…だったかな。しかしなんだろコレ…




ちょっとそこまで佐賀県小さな旅③〜吉野ヶ里遺跡

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鳥栖駅ホームにあった、昔のドイツのレールを再利用した柱。
しかしせっかくの表示板が汚れまくってる。


朝鳥栖駅周辺は晴れていたのに
「濃霧で遅れております」というアナウンス。
行き先は霧が立ちこめている様だ。
武雄温泉へ行く佐世保方面行きの、鳥栖から数駅西に
吉野ヶ里遺跡への最寄り駅がある。
その名も「吉野ヶ里公園」、ドンズバ。
確かに乗って西へ進む程、車窓からの景色は白くなり、
そのうち殆ど何も見えなくなった。よく電車走ってるよこれで…

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こんなシートの車両です。福北ゆたか線にもあるよねコレ
シートの方向転換は、回転式ではなく
シートの頭の所にある取手を持って、前後にシート背面を動かす方式。


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山手線みたく、折りたたみ座席もついてます

果たして、目指す吉野ヶ里公園駅に着いた時には
駅前ロータリーにある勾玉形の案内板もぼんやりけむっている程
辺りは霧が立ちこめていた。
元日の朝、霧で今自分が降りた駅舎も霞んでしまうような濃霧の中
歩いているのは自分達2人だけ。5分も歩けば、霧でまつげに
水滴が付いている。
田んぼや畑の中の一本道を所々現れる案内板に沿って歩く事
10分弱で、広いそれらしき場所に出る。

こんな日に、寒風吹きすさぶだだっ広い遺跡公園へ朝から行く人なんて
よほどの物好きなんだろう…と思っていたが、
実際この元日に開いている所というのが限られているからか、
駐車場には車が入って来るのが、そして家族連れの姿が
だんだん見えて来た。
時期的にジジババ&帰省中のファミリーが多く
思っていたより人が来ている。
この寒い中、伝統芸能のクラブの人達が太鼓演奏の開演準備を、
公園のスタッフはお餅と甘酒のふるまいの準備に追われていた。
なんでも11時からそれらを開始するらしい。あと10分ちょっと。
なんといいタイミング。

寒さで紙皿に引っ付いた赤米のお餅と
甘酒をいただいて、太鼓をちょっと聴いて入園すると、
東京にいた頃足繁く通っていた立川昭和記念公園
あるいは東松山の森林公園(どっちも国営)を
思い出す風景が広がっていた。
違う所が有るとすれば、川にいる鴨の種類と
下草の青さ、だろうか。
真冬には下草が枯れて、強力な霜柱が昼でも溶けない
あっちとではえらい違いだ。

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(なんかこう雰囲気がよく捉えられているというか…特に鹿のポーズ)

茂みに潜む草木で作られた動物の出来に感心しつつ
「猿が出没しております。注意」の貼り紙が気になる。
イノシシじゃなくてよかったけど…
すぐ見えて来た物見櫓のある「南内郭」に入る。
ここは王などの支配層が住んでいた区域。

吉野ヶ里遺跡は2000年程前の、弥生時代の頃の遺跡といわれる。
弥生時代をイメージしたのであろう衣装を公園のスタッフの
おばさん達が皆着ている。でもトレーナーみたいな厚地じゃないから
なんか見てて寒そうなんですわ。勿論下に着込んでいるんだろうけど。
そのスタッフの人達が来場者に説明しているのを小耳に挟みつつ、
「王の家」や「王の妻の家」「炊事小屋」「物見櫓」などを観て行く。

興味深かったのは、屋根の上やムラの入り口の上に木製の鳥が
飾ってあった事。
鳥といってもバードカービングのように精巧なものではなく、
白木の状態で、形もどシンプルな、彫刻も殆ど無い状態のもの。
これはどういう意味があるんだろう…
アメリカの牛骨みたく何かあるんでしょうが。

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まだ霧でモヤってる吉野ヶ里。高い建物が物見櫓。

家は昔教科書で見た登呂遺跡の竪穴式住居と同様の外見で
(細かい部分は違うのかもしれないがシロートにはわからない)
火矢など撃ち込まれればあっという間に気持ちよく全焼しそうな素材と構造。
入り口は高さが低く、屈まないと入れない。
中に入れば遊牧民のテントの中のようで円形と暗さに落ち着くが
地面より低い造りだから雨続きの季節には心配になる。
寝床はほとんど地べたそのまま。冬サムイヨー(;_;)

王が別の地域から来た客人と面会している場を
顔無しマネキンで再現した家もあったが、
その客人は明らかに海の向こうからの人らしき服装で
どう見ても当時の日本の王の方が素朴過ぎる衣装を
纏っている。まあどう考えてもそうでしょう。

玄界灘の荒波を越えて、文化も技術も進んだ海の向こうの
国からの客人が来るというのは今で言えば宇宙人が来るような
ものだったかもしれない。

この南内郭の先には、「北内郭」がある。物見櫓より重厚な造りの
高床式の大きな建物があり、そこは国会議事堂のような場所だった、と
スタッフの人が言う。
政事をここで行う、偉い人達のための場であり、
卑弥呼のような最高クラスの巫女が占いをした場所でもあったとか。
そしてその建物の横には、それまで見た王の家よりも立派な
高床式の家があり、そこが最高クラスの巫女が住まう家だったらしい。
王が決めるっていっても結局は巫女さんが占った事を聞いてそれを伝えるのが
王なんだよね…この場合何かあったら責任は王がとっていたのか
巫女さんなのか。

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この「国会議事堂」の屋根の上にも木製の鳥がいるんだけど、
その下の牛の角みたいな形の物がどうも某焼き肉屋のマークに見えて仕方が無い。
どうやらそれは船らしい。


この北内郭からほど近い、小さな丘になっている場所に
甕棺を土に埋まった状態のまま保存してある「北墳丘墓」がある。
裏から見れば草の生えた、段ボール草スキーによさそうな小山だが
その反対には実は自動ドアがあって、中に入れる。
発掘時の状態を可能なかぎりそのままにしたこの保存館は
剣や管玉といった副葬品がどんな状態で見つかったのか分る様にしてある。
歴代の王の墓だったらしいのだが、位の高い人は亡くなる時も
当時貴重だったガラスのアクセサリーに青銅の剣を身につけていたので
「王の墓」だと判った訳なんだろうが、これが埋葬された時
副葬品もなければ、あるいは大規模調査が始まる前
うっかり畑仕事の延長で壊され、ぞんざいな扱いを受けていたのかも
しれない。

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中に入ると床下に埋まっている甕棺が丸見えです。特殊技術で実際の土を固め保存。

もっとも、盗掘というべきかどうか、戦前からこのあたりでは
地表に普通に土器などの欠片が出ていたらしいし、おそらくは
大昔から農耕で「何か出て来たけど金目のもんじゃないしな〜」
と、壊されてポイされてた遺物が結構あったんだろう。
「世界遺産に!」と頑張っている福岡県福津市の古墳群だって、
「以前はもっとあったんだけど、気付いたら減ってた」って話だし。|ω・`)
つまり畑とか田んぼとかあるいは家になっちゃったワケですね。

吉野ヶ里遺跡も、1980年代になっていろいろ見つかって大騒ぎになったが
これとてそれより前に「高校造ろう」→「なんかいろいろ出て来ちゃうからやめ」
後になって「じゃあ工業団地造って地元活性化」→「広範囲に何か出て来ちゃった」
→「じゃあ一部はとりやめにして他の場所を工業団地に」→「なんかすごい遺跡のようだ…」→専門家の活動などで重要性が認知される
→「ヤバい、他の工業団地予定地も調査せんと」
となって、本格的に遺跡調査と保存が進んだと聞く。
価値観は時代でも違うから、実はすごい遺跡や遺物があっても
こっそり盗掘や破壊があって、普通に開発されてしまった場所だって、
これまでに沢山あるんだろう。

1980年代から調査が始まった吉野ヶ里遺跡は
公園の敷地がまだ全部調査されたわけではなく、
今後も申請して調査していく、実に気の長い話なんだそうだ。
今迄で甕棺が3千、人骨が300体程見つかっているというが
まだ眠っている数はこの3倍ほどあると考えられている。

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青い管玉と剣。ここぞとばかり「歴史のロマン」と言ってみる。

面白いのは、出土した人骨から割り出した身長。
男性で平均163〜164センチ、女性で150センチ。
これは当時の南九州や関東圏と比べると、
10センチも高いのだそうだ。
えっじゃあ当時女性の平均、140センチだったの…?
今自分が行けば間違い無く巨人だ。超大型って程じゃないけど。

渡来人の特徴が濃くみられたというが、2000年ほど前の
当時、どの程度渡来人との混血がこの地域で進んでいたのだろうか。
「平均」で10センチも高いとなると、なんか混血というより
完全渡来人そのまんまだったんじゃないかとさえ思える。
中国人街みたいな感じで実は吉野ケ里遺跡は
当時の「渡来人ムラ」だったってことはないんだろうか?

日本人の身長の変遷は、縄文<弥生<<古墳…で古墳時代がピーク
何故か鎌倉時代にかけて低くなり(武士の時代のイメージが…)
幕末ではその鎌倉時代と同じかむしろ低かった、という考察がある。
宗教的タブーの無い時代の方が、狩猟による肉を食べる機会があった
からなのか、混血の機会が減って行ったからなのか。

しかし吉野ヶ里で割り出された数値は、弥生時代というより、
現代を除いてピークだった古墳時代の数値そのままなんだが…
弥生時代であるはずの吉野ヶ里遺跡で、身長は次の古墳時代に
追いついていたという、強力な渡来人影響。
(当時の男女の身長にしたてた、顔出しパネルが南内郭脇の
展示室にあるので、ご興味ある方は記念撮影をどうぞ。
ここの受付のお姉さんはすごく丁寧に説明してくれます)

今福岡で見かける人達は、
平均的に高い身長とも感じないし
むしろ東京より濃いめの、弥生より縄文にやや寄った顔の人を
見かけるのだが、昔は北部九州がどこよりも渡来人の影響を
受けていたという(長崎といい、まあ昔からそうではありますが)
実際の遺物から判る歴史が、なんとも興味深い。

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この甕棺にも剣が。青銅器を造る鋳型も吉野ヶ里では発見されている。

そうそう、例の屋根の鳥の飾り、あれは「鳥形」といい、
アジアの農耕文化での鳥の重要性を示すものとかで
佐賀県の他の遺跡では木製の鳥形が出土しており、韓国でも見られたものらしい。
だからその風習も渡って来たという推測もあって
吉野ヶ里でも建築を再現する際採用したようだ。
何かと言うとご近所の国の事をくそみそに言う人達がいるが、
彼等の文化やDNAも我々の遠いご先祖が間違い無くもらっているという事を
忘れちゃいけないとは思いますよ実際のところ…

吉野ヶ里遺跡の園内は広いのでバスがある。
全部見て回ろうと思えばそれなりに歩くが、幸か不幸か
電車の本数が少ないので丁度いい感じでたっぷり時間をかけて回れた。
(ここに電車で来る人は少数派だと思う…帰りも誰も歩いてなかった)
ちなみに、最寄り駅はもうひとつ、佐世保寄りの「神埼」駅も。
こっちの駅の方が、駅前のロータリーに卑弥呼みたいな像を置いたりして
なんかすごいアピールしていたのを、後で気付いた。
多分距離は同じくらいなので目的に応じてどうぞ。

個人的に見応えがあったのは、
○北内郭
○北墳丘墓の展示
○甕棺墓列(広くて途中で飽きて来た…そして誰もいない…猿出たらどうしようかと思った)

武雄温泉の話は、次回で。

160101_1327.jpg
多少は来ていた来場者も、広い園内でばらければ「誰にも会わないね…」
という事に。歩けど歩けど人に会わないです。


ちょっとそこまで佐賀県小さな旅②

限りなく福岡に近い佐賀県の鳥栖。
そこでの1泊目、大晦日の夜は新年を迎えるため
どこかで美味しい年越しソバか、佐賀牛や海の幸+お酒でも…
(ワタクシは殆ど飲めませんが)
と思い、それとなく事前情報として目当ての店も探しておいたのだ、が…
個人店は年末年始のお休みに突入していたのだった…!

「当たり前ではないか」と冷静かつ当然のツッコミが入りそうだが、
夕方歩いた時は何軒か開いていたんですよ、お店。
でも夜になると灯が消えていて、昼間の営業で最後だったのか…と気付いた。
観光地ならまだ多少事情も違うかもしれないが、
駅から延びる飲食店が軒を連ねる大通りを歩いてみても、
「謹賀新年」の鳥居イラストの紙が貼ってあって、
やっている店はごく僅か。
そんな中、おいしそうだと下調べした店は奇跡的に営業中。ヤッター\(^o^)/
しかしお肉系にあまり引力を感じない家人曰く
「今通って来た通りにあった、バーに行ってみたい」

おいおいおいおい…
バーって食べ物、わりと限られるのよ?
もっとこうボリュームのある物食べてから次にバーに行く方が…
(…まあいいや、今回は慰労会も兼ねてるから
そっちの希望に合わせるわ。)

ってことで、一旦通り過ぎたバーへ行く。
外観が非常にウッディなその店は、ビリヤード台があると書いてあるが
イザ扉を開けると、いきなりすぐ目の前にそれがあるのには驚いた。
随分贅沢なスペースの取り方だ。
そんなスペースの、店内もウッディなお店に、お客は私らだけ。
お店のスタッフは3人。
(…なんか緊張するんですが…)

しかしこのお店、結論を言えばとても居心地がよかった。
結局自分達が出る迄、他のお客さんには会わなかったが
入店したのが夜7時台だったし、
大晦日の夜、バーとなればもうちょっと遅い時間帯に
お客はなだれ込んで来るのに違いない。
店内の音響も選曲も良かったし、
お店の人の距離感も適度に放っておいてくれてよかった。
お値段も良心的。

食べ物はピザ2枚にオムレツ一皿、家人は3杯私は2杯
(うち1杯はノンアルコール)を飲んで
気持ち良くなってホテルへ着いた。
そして人工ラジウム温泉に入って大晦日格闘技の
曙vsサップから強過ぎるヒョードルの試合までを見る。
ヒョードルの快勝に、あんな丁寧な鉛筆塗りのファンシーイラストを
描く人がこんな…とおそろしあの二面性にガクブルしながら
大晦日の記憶は終わり。
ヒョードルのイラストまとめ←クリック
(それにしてもヒョードルのBGM、なんであんな暗いの…)

明けて元日、ホテルをチェックアウトして
昨日行ったバーの周辺のお店の写真を撮りに行く。
夜目にも「これは…昭和レトロ」と判る造りの古いビル、
もしかしたら駅前再開発とかそういうもので、いつ何時
変わってしまうかもしれない、と思ったから。
ホントは一眼でちゃんと撮りたいところだが。

以下、いくつか抜粋。

160101_0933.jpg
これが大晦日に行ったバー。ここは2階のスペースが広く、
2次会などのイベントはそこでできるらしい。その2階に一見トマソンな扉がありますが
実際こういうビルでは非常口として設置が義務づけられている…のかな?


160101_093.jpg

160101_0932.jpg
わざと斜めに立ち上がらせた窓のぐるりと、丸い窓。(明かり取り?)
RC構造の良さがたまらないシャレオツな造り。


160101_0931.jpg
ガラスドアとその横の窓の昭和センスもたまらんが、細部の角にいちいちアールを
とった凝った造り。てっぺんの出っ張りの基部にの角にもアール。


160101_0938~01
これも、窓の角Rがモダンです。そしてうまいこと
その雰囲気を活かしたカラーリングをして、古いビルをうまく使ってると思います。


160101_0938~02
前述の建物に隣接してるのが華奢な装飾のある建物。
これ、どこまで古いのかよく分からないけど屋根の軒天は木が貼ってあって、
両サイドの壁から立ち上がってる部分はわざわざタイルが貼ってある。
なんか様式がいろいろごっちゃな不思議な建物。


160101_0939.jpg
これは前述の建物から一軒おいて隣なんだけど、古いコンクリの
迫力ある汚れがなんともいえません。判りにくいけど、3階のベランダの
細かい格子状の手すり、白木でした。


160101_0942.jpg
駅のすぐ斜め前にある古い呑み屋のアーケード。
入り口には公民館ってのが面白い。「京町」はだいたい駅近に
どこにでもある名前ですねえ…


160101_0943.jpg
中に入ると、当然ながらお店は閉まっているがシャッターに不思議な表示。
飲み屋横丁かと思いきやアイスキャンデーがあるらしい

160101_0944.jpg
これがそのアイスキャンデー屋。ぜんざいもやっている模様。
しかし「食の安全宣言」というステッカーがやたらにあるのと、自衛官募集連絡所ってのがなんか迫力です。

こういう建物群が、駅から10分も歩かない、
目抜き通りにあるというのがなかなかです。
1本でも裏通りに入れば、更にディープな雰囲気が楽しめそうだったが
今回はさらっと見て終了。
昭和レトロな建物探訪とおいしいかしわうどん、
落ち着いたバーでひとやすみするには
鳥栖はいい場所なのかもしれない。

そんな鳥栖を出て行った先ではもっとご飯の問題があったのだった…
まだ続きます。


ちょっとそこまで佐賀県小さな旅

あけましておめでとうございます。
今年もゆるゆるマイペースでどうでもいい記事を垂れ流してまいります。

年末年始は家人とお隣佐賀県に行って来た。
日頃「修羅の国」の自分本位な運転マナーに疲れている家人を
癒す為に、シブく電車利用。
一応温泉にも入ろうと、2泊3日の行程の2日目は、
武雄温泉を予定に組んだ。
しかし1ヶ月前に思い付いてじゃらんで検索したら、なんかこう
風情のありそうな温泉旅館は軒並み予約で一杯。
ま、いいか、安いビジネスホテルで。温泉はビジターで入ればいいよね。

という訳で、初日も2日目も駅の真ん前と言っていい場所にある
ビジネスホテルを予約。
近い場所だし、特に特急がどうのという手配もせず
行き当たりばったりの旅とする。

1日目は大晦日に発ち、鳥栖に投宿。
家の最寄り駅から快速電車で1時間、乗り換えもなくラクラク行程。
はっきり言って東京なら普通に通勤圏でおつりが来る距離だ。
旅というには近過ぎる。
鳥栖は佐賀県だが、限りなく福岡に近い。
「鳥栖の人は『鳥栖は福岡』と思っているらしい、心情的に」
と聞いたが本当なんだろうか…
鳥栖っ子に聞いて確かめた訳ではないが、でも鳥栖駅には
博多関係のポスターが数枚貼って有ったし、
買い物となれば博多駅目指して行くのだろう。

お昼を食べ損なって半端な時間に着いたので
鳥栖駅のホームのうどんがやけに美味しそうに見えた。
こういう、ホームのうどん店は駅が古めかしい方が
なんとなく美味しそうに見えるのは気のせいだろうか…

151231_15.jpg

丸天のメニューに「おすすめ!」とあるが、写真を見ると
ゴボ天が練り物の中にゴボウのタイプではなく
ゴボウ自体を揚げてあるタイプなので(こっちはそれが多いですが)
それを注文する。

そしたらゴボ天なのにかしわまで入っていた。
(かしわとは鶏肉のことで、かしわうどんやかかしわめしには
鶏肉を甘辛に味付けしてフレーク状にしたものが入ってます)
うどんはコシの無い正しい博多風のうどんなんだが、
出汁やかしわは、慣れ親しんだ北九州の東筑軒より美味しい。
中央軒はここらへんの駅に展開しているチェーンのようだが
最寄り駅に越境して出店して欲しいと思ってしまった…

151231_1559.jpg

店のおばさんが「いいお年を」と食べ終わった全てのお客に言っていた。
なんか人気店なのか、この時も次から次にお客が来ていたが
帰り別のホームのこの中央圏のうどん屋にもお客が沢山。
時期的に開いてる店が少なかったのかもしれないが
ホームのうどんを食べたくなる何かの要素が鳥栖駅にはあるんだろうか。
例えば待ち時間とか…

この鳥栖駅は古い造りの階段だとか
随所に今は少なくなった古い国鉄時代の駅の構造が残っていた。

151231_161.jpg
トイレの側にあった鉄道警察の事務所。
木造の階段もいいけど、上にある照明もなんかいい。


改札を出ると、駅舎の中は狭く、売店、切符売り場の配置や
正面入り口の雰囲気が、昭和50年代に改築される前の
大正時代築の最寄り駅の記憶を思い出させた。
木造に白や水色のペンキもレトロな雰囲気をプラスさせているが、
木の柱の礎になっている石柱、これがまた古い。
場所によっては石柱に傷が付いているが、
その抉られた様な傷もかなり古そうだった。

151231_1615.jpg
上、切れてるけど「鳥栖新聞」と書いてある箱。
なんか建物の醸す雰囲気とこの古めかしい書体(新聞は大抵そうだけど)
から受けるイメージで、どう新しくても戦前創刊の新聞社かと思ったら
1972年創刊の新聞社で現在も存在してました。

鳥栖駅のこの建物はいつの建築なのかと思ったら、
正面入り口の上にこんな表示が。
明治44年、もういよいよ明治も終わろうとする頃の建築でしたか…

151231_1620.jpg

それはいいけど、石柱と木の柱、センターがずれとる。大丈夫か。

160101_0947.jpg

天井を見上げれば、どこもかしこも燕の糞受けが付けてある。
それもなかなか分厚いベニヤで、ぐるりをラウンドにカットしてあったり
しっかりした作業なのが面白い。
この糞受けは改札入った、ホームに渡る地下連絡通路の天井にも
ありました。

151231_1616.jpg

駅を出てすぐ右手には、「高度経済成長」という感じのレトロビルが。
ぜひピンク色のダイヤル式電話を置いていて欲しいこの手のビル、
福岡では耐震の事もあってかだんだんと今時のスマートでシャレオツな
ビルに建て替えられているので、こんな駅前一等地に「鳥栖ビル」という
大味な名で辺りを圧して堂々とそびえているのはいっそ清々しい。
でも、どうも近々建て変わるのか駅前再開発でもするのか、
このビルのテナントはいろいろ移転していた。
鳥栖駅の反対側はサガン鳥栖のスタジアムがあり、そっち側は
新しいものが建ち始めているようだが、こちら側は
旧市街のニオイがぷんぷんしていた。

160101_09.jpg

ビルの反対側には、これまた昭和の色濃い、屋根が
ビニールトタンの狭くて暗い安酒場アーケード。
(と言う程の規模でもないが…)
三角屋根のレトロな駅舎、昔懐かしい造りのロータリーから
一直線に伸びる広めの道路、周囲に残る古い建物。
高架化される前の国立駅南口を彷彿させる。
もちろん紀伊国屋は無いが地方都市の枯れた味わいが
なんともいえない。

そんなノスタルジー溢れる鳥栖で一泊、ここで食べ物の問題に
行き当たったのだった。
(続きます)






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Author:くろけろ
ケロをこよなく愛する玉川上水ほとりの住人です。
庭をヒキガエル様の根城にしていただきたいけど
目下果たせず。

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