玉川上水沿いのジャングルからの徒然なひとりごと

博多座でエリザベート幻の千秋楽

2016-09-04 Sun 17:47

昨日でエリザベート記事は終了!の筈が
なぜこのネタ続いてるのか。とお思いでしょうが
マジでこれで最後です。

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限定版クリアファイル。なぜこれを入手したのか…それは…

泣いても笑っても9/4が博多座でのエリザベート千秋楽。
もう2回観たし、満足と思ったのに…
気付けば千秋楽の日曜の朝早起きして当日券目指して電車に乗ってました。

東京時代、仕事で多摩から遠いお台場に早起きして行くのは嫌だったのに
なにこの積極性。
そして信じられないエリザベートの謎の中毒性。

宝塚からの20年来のファンの方々には、
「フッ青いわね」と言われそうですが
なぜこんなに何度も観たくなるのか。
Wキャストというのも理由の1つなんだろうけど、
千秋楽もトートは城田優。そして主役のエリザベートは
まだ観ていないお花様。
人気のある彼女がキャストで千秋楽とくれば、
そもそも当日券、買えるのか?と思いつつ、
補助席と立ち見に希望を託し、ダメもとで出かけた。

結果。
自分の番からダメでした。ガガンガガンガンガーン
そ、そんな殺生な…orz
望みがあるかも、でギリギリまで待っただけにキツいわー

朝7時チョイ過ぎに博多座の正面入り口に着いたら、
すでに100名いるんじゃないかと思う人数がずらっと
冷たい石段の上に腰掛けていた。
そこでもうオワタと思ったが、せっかくなので座って待っていた。

時々警備の人が人数を数えに来ていたが、お尻が凝って来た頃、
会場のスーツ姿の方がメガホンでアナウンスしに来た。
「立ち見、補助席合わせて71名様分が本日はご用意できます。
その席でも構わないという方はこのままお並び下さい。
それ以外に車椅子用の席が10〜11名様分、しかし
車椅子の方が優先ですので、こちらは確約できません」

うーむ、どう見てもアウトだろうと思ったが、
自分は78番目。
車椅子枠にはなんとか入った。
これは…あるいはイケるかも?

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紙くずになってしもた。しくしく。

自分の次と次の、車椅子枠限度いっぱいの方と
なごやかにお話などしているうちに「入れるといいですね」が
次第に「きっと入れますよ〜♪」と希望的観測になり、
チケット売り場脇のスペースで待機する間も
きっと観れる、シートに座る自分を想像しよう、とイメトレで
盛り上がっていた。

しかし開演15分前の、車椅子枠案内開始になっても
呼ばれない事に、チケット売り場のスタッフの方々がこちらを
ちらちら見る姿に、不安がよぎる。
そして、先程のスーツ姿の方々が数人こちらにやって来た。
嗚呼、これはお詫びだな…と思ったらやはりでした。
しかも、自分の前の人まではセーフで入れて、エリザ話で盛り上がっていた
自分含め3名がアウトという結果に。あうー。

しゃあない、です。

長らくお待たせして申し訳ございません、と
限定版クリアファイルをいただいて、すごすごと
放心状態の自分達3人は
ちょっと前まで座っていた、入り口の石段を降りたのだった。

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いただいた限定ファイル。サインは印刷です。

6時過ぎの電車で行ったのだが、せめてもう1本早い電車に乗れば
入り込めただろう。始発で行けばもっと安心枠。
人気のエリザベートの千秋楽でも、そうすればなんとか買えそうだ
(もちろんその時々で違うだろうけど)
という事がわかっただけでも、1つ学習したってことで
自分をなぐさめる。
前の方の人達は徹夜組なんだろうから、並ぶ気が薄かった人間が
観れないのは仕方無い。

台風がやってきてるし、これはあるいは
博多座諦める人が出るんじゃ…などという実によこしまな
期待をした報いかもしれませんが。

自分は2回観たし、まだしゃあない、と思えるけど
ダメだった人にはエリザベートまったく初めて
という人がいて、彼女は嬉しそうにパンフ買って
期待に胸膨らませているのが傍目からわかっただけに、
ぜひ観てもらいたかったな。

…という訳で、「足るを知れ」という事なんだろうと思った
悲しみの博多座千秋楽。
「千秋楽感動」「城田優の最後のダンス絶唱最高」などという、
終了後の幸せツイートを見るマゾな自分。
…いえ、城田トート閣下が舞台から転んで怪我したとか
そういうアクシデントが無くてホントよかったです。

次回再演がいつなのか、博多座に来てくれるのか謎だが
(そもそもキャストがどうなるか…城田優また演ってよトート閣下を)
DVD入手を拠り所として、気持ちを切り替えたいと思います。

素晴らしい舞台を2回も観れて、
このミュージカルにこのキャストで出会えて
良かったということで。

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さよなら〜

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博多座でエリザベート2回目ー城田トート閣下の感想

2016-09-02 Fri 19:15

「エリザベート」記事がアツく続きますが、
記憶が薄れないうちに自分の備忘録として書いておこうと思います。
個人的見解なんでコイツ何見当はずれなこと言ってんの、
な部分があっても、そこはお許し下され。



2回目も黄泉の帝王トート閣下は城田優。
この人の美しさに浸りたくてまた観に行ったと言っていい。
調べ上げたわけでは無いし全てのキャストを観ている
筋金入りのエリザベートファンにはミーハーと叱られそうですが、
…この美しさはもう才能です!
彼の二次元的な美しさによる「人外感」は
彼以外のキャストでは及ばないのではないかとすら思う。
「帝王」としての貫禄とか深さとかそういう観点になればまた
もっと演技の場数踏んでる年かさの俳優のチョイスもあると思うが、
見ただけで魅了されてしまう(でもついて行ってはイケナイ)
存在には城田優のハーフ特有のルックスは、大当たり。

身長が高過ぎて他の出演者とのバランスがとれない、
外人顔過ぎる、などの理由で昔はオーディションに落ちまくり
容姿がコンプレックスだったらしい。
こ の 容 姿 が コンプレックスだとぅ?
と平たい顔族としては思ってしまうのだが…
確かに、例えでなく頭1つ分違うし、それを理由にされれば
持って生まれた容姿を一体どうすれば…と思い悩むだろうが、
平均的日本人には手に入らない容姿を持っているのは強みにもなる。
舞台映えするのだし、自信持っていろんな役やって欲しいけどなあ。
甘いもの好きらしいし、肥満には気を付けて欲しいと切に願う。

「変な役が多い」と本人が何かで語っていたように
「普通にお隣にいるそこらの兄ちゃん」的な役どころより、
実在してなかった幻のヤバい人の役とか、トートのように
人間でない役とか、の印象が強いのは確か。

いや、ROOKIESのように、野球やる喧嘩っ早い健康的ヤンキーの役も
やってるんですけどね。シンデレラの王子様の吹き替えとか…
トート閣下とは実に対照的な。
でも、端正な顔立ちで長身なこの人が他のイケメン出演者と
対峙したりデュエットするだけで、何だか知らんが…
アヤシイ雰囲気が漂う。(…に見えるのは私が腐っているからです)

その雰囲気が、このエリザベートでは遺憾なく発揮されてるんじゃないかと。
黄泉の「帝王」というからには、人間でいえば多分男性的存在で、
それだから人間の少女に一目惚れしてしまうのに、
男と女の恋愛という俗世間の関係とは違う雰囲気が漂うのは
女性といるより男性といる方がエロく見える(…に見えるのは私が腐ry)
城田優の謎の才能によるものがあるんじゃないでしょうか。
閣下が現れる時につきもののトートダンサー達といる閣下も
妙にエロいが、ルキーニがトート閣下を崇拝するのもなんかエロイ。
(…に見えるのはry)

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博多座の土産に買ったのはいろんな味のコチラ。

さてトート閣下はシシィの息子、ちび皇太子ルドルフが
1人ぼっちでさみしそうにしているのに目を付ける。
この時の閣下の首の動きも人外感。
(あっ見つけられた!逃げてルドルフ!)←観客の心の声
音も無く忍び寄り、「誰?」と問うルドルフに
「と も だ ち だ よ」とここでも甘く優しく囁く。
20世紀少年の「ともだち」以上に危ない響きの「ともだち」。
(ルドルフ、それダメ、それあかんやつや!)←同上

「猫を殺した」と銃を見せるちびルドルフにも
ぎょっとするより「ふーん」という感じで冷たく、
興味無さそうに聞いているのが城田トート。
でもきっと、頭の中では(コイツ利用しがいがあるな)とか
なんとか、いろいろ目論んでるに違いない。
Wキャストの井上芳雄トートでは役作りはまた違うのだろう。
次回は彼のトートも観てみたい。

2回目城田トートを観た時は、この後のじっとルドルフを見つめている
閣下の目が、彫りの深さで目のとこが影になっているからなのか、
何処見てるかわからない黒い目もとに
チカッと反射したライトが白く光ってて、なんとも不気味だった。
興味無いフリして暗闇からじっと見てる猫みたい。

シシィに良くない事が起こるとひたひたとやってくる閣下は
登場の仕方も隠れてる場所から手だけニュルリと出して来たりで
普通にサクサクとはやって来ない。
それだからストーカー呼ばわりされても仕方無いが、
ルドルフを触った手を自分の鼻から口元に持って来て
何かを確かめてる様な仕草。あれ何だろう?
動物がニオイかいで何らかの情報を得ようとしているかの様で、
やはりフツーじゃない。くんかくんか。変態さんだ。
シシィと同じニオイがするぜ美味そうだ、という事なのか
「普通の」世界で居場所の無い人間特有のナニカを確かめているのか。

歌にあるように「青い血」が流れてる冷たい黄泉の帝王、
ドライアイスの様な雰囲気というのは確かに何かと温度低めの
城田トートの対応からして感じたのだが、そのドライアイス閣下が
時々熱を帯びる場面があって、そこがたまらん。

もともと博多座は音響がとてもいいので演者の皆さんの声が
いい感じに通るのだけど、2回目観た時は、前よりトートの声に
エコーが強くかかっていた気がする。
それもあって、ヒトじゃない感がさらに増幅。

今回は後ろの端の席ということもあり、前回と違ってモロに
トート閣下の目線とかち合い召される心配が無かったので、
遠くからコソーリ安心の双眼鏡で観察。どっちがストーカーだ。
閣下が登場すると、急に周囲でオペラグラスが
ささっと上げられるのがオカシイ。皆さん正直ですね。
老医師に化けてシシィを診察し、旦那の皇帝フランツの
浮気の事実を示唆するシーンが前回とちょっと変わっていた。

フランツが裏切るなんて…命を絶ちます!と叫ぶシシィに
帽子とマント脱ぎ捨てスケスケフリルシャツになり
「待っていたぁああ!」と叫びベッドに飛び乗り迫るアレです。
嬉々として「♪今こそ出かけよう黄泉の国へ〜」と歌い始める様は
ウンウン、ヨカッタネ〜と言いたくなる程。「青い血」が赤くなってた。

そういや、フランツに手紙渡すシーンで押し倒して迫る時も
このシャツでしたが、なんだろコレ閣下の勝負服なの?
こういうムズカシイ衣装がすんなり似合って
ピエロにもホストにもならず気品すらあるのが、
また城田トートの素晴らしさですが。

で、もうちょいという所で閣下の腕から逃れるシシィですが、
その時に閣下は逃げたシシィを目で追うこともせず、
下を向いた同じポーズのまま暫く静止。
ここが前回とちょっと違ってたかなあ。
「チッ逃げたか」と残念がるというより、最初からシシィが逃げる事
分ってたような…ここでもやはり血は青いままな反応を感じました。
まだ本気じゃなくて、「にゃんこの戯れ」レベルを
高みから楽しんでいた…のかもしれない。
あんなに嬉しそうに一緒に黄泉の国に♪と歌ってたのに。
トートは何度もシシィを誘惑しにきては拒絶されるわけだが、
その時の反応があからさまな失望や怒りとかではなく、
本人は無表情なまま、周りの空気が氷点下になる感じが城田トート。
それにしては、よぼよぼの爺さん医師への化け方が念がいってる。

でも、この後の2人のやり取りを双眼鏡で覗いてたら、
トート閣下のお顔が…気のせいか上気してて全体にうっすらピンクになってた。
色白だからメイクしてても出て来ちゃうのか。
ベッドに飛び乗ったりうつぶせ姿勢でいたから心拍数上がったのか?
とにかく、ドライアイス閣下が一瞬溶けて赤い血になった場面があって、
いいもん見れたなと思ってしまった。

城田トートがシシィを何度も誘惑しにやって来て
シシィに顔を近づける時、印象的だったのは顔の見え方。
1階席から観ると顎の下側から高い鼻にかけての長い凹凸ラインが、
普通の人よりぐっと下から見上げる「アオリ」の角度になって見えた。
シシィとの身長差が理由かもしれないが、もしかして首を傾けてる?
…と書いてて思い出した!
ヒッチコックの「サイコ」で、アンソニーパーキンス演じる
変質者の殺人犯人の所に探偵が宿帳を確認しに来る。
そこで、カメラはパーキンスの顎下からアオリで写していた。
この時の首をかしげるパーキンスの顔の見え方は
隠しきれないアブノーマル感が印象的だった。
すごーく昔TVでこれを見た時、解説で淀長さんか誰かが
「パーキンスが鳥みたいでしたね」というような事を言っていた
…気がする。(何せ大昔なんで記憶が)
これと、城田トート閣下の見え方、なんかものすごく似ている。
…ううむ。やはりちとフツーじゃない所にいるお方か。

表面は冷たいドライアイスが、時々とてつもなく虚無を感じさせたり
逆に動物的な熱さや柔らかさを感じる時があって、
それが城田優の意図するものかは知らないが、観客によって
様々な受け取り方がある、余白みたいなものが魅力的だと思う。

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3階の立ち見席完売の札。

青年ルドルフが閣下にのせられていく2人のデュエット
「闇が広がる」では、イケメン2人の熱唱シーンで
オペラグラスの活用度合いが劇場内でMAXになるのを感じる。
(このシーンでは2回とも拍手がすごかった。)
ドライアイスの閣下も、歌声が熱くなる。
でも、歌声は太く高らかにロックしてても、閣下の目を見ると
やっぱり、あくまでもルドルフ懐柔のための演技に見える。
血はやはり青く冷たいんですわ。それだけに怖い。


でも、しっとりとした夫婦でのデュエット「夜のボート」の
次の、悪夢のシーンは前回書いたように閣下はドライアイスでは
なくなっていた。
最初観た時は、フランツへの対応は
黄泉の帝王の、人間への距離を感じさせたんだけど
(要するにお前は俺の相手じゃない、アウトオブ眼中感)
2回目観た時は、閣下はフランツに対し熱くなってました。
この日はドSスイッチが入ったのかなあ。
いや、黄泉の帝王には敵わない「只の人間」のフランツを、
冷たい目で見下すのは閣下にとっては通常運転なんだろうが、
ここで閣下は、シシィが本当に欲しがっていた自由を
与えられなかった夫フランツを、糾弾するかのように
本気出して「シシィは俺のもの」宣言してるように見えた。
「お前は知らなかっただろうが、お前が会う前から
シシィは俺のもんなんだよ」的な。

はなから勝負にならない相手に、容赦無し、これでもかの
言葉の凶器を浴びせる閣下、それまでの冷血とは違う熱を、
本気と書いてマジと読むという顔を見せてました。
例えじゃなくてホントに城田優の顔がそうだった。
それ迄ヒャドで攻撃していたのが、ここではメラゾーマ。
緩急が凄過ぎる。
このシーンは観てて心拍数が70から110くらいまで上がる。
こんな2人に本気で争わせるなんて、シシィ幸せものだ…

2人の歌のやりとりはこんなかんじ。赤がトート。(抜粋)

これは悪夢か! (正夢になる)
狂ってる! (お前が招いた)
私の妻だ!(エリザベートは、俺のもの)
彼女には、すべて与えた (俺だけが自由を与えられる)
妻を救わなくては (救うのは俺だ!)

もうね、コテンパンですよ、旦那さんのフランツ。
妻にダメ出しされた後に突如現れた人外恋敵(?)からフルボッコ。
よりによって、さっき泣いてたばかりの万里生を
何もこんなにいじめなくてもよかろうもん…と悲しくなる。

かくして悪夢の毒のせいか、閣下の熱気のせいか、ここにきて
完全にイッちゃってしまったルキーニは閣下から凶器を与えられ、
単なる悪夢では済まなくなる結末に。

フランツにしてみれば、閣下が言う「救う」が何を意味するのか
理解できないし、考えたくなかったと思う。
だからこそ閣下に勝てる筈も無い。
しかし閣下の言う「自由」は、閣下の愛からの自由でもあったのか…?
シシィにとっては、自分が自由になるためには閣下のキス=死が要るが、
死を受入れても、シシィは閣下の愛を欲した訳ではないのか?
と、ホントのラスト、トートの顔で感じた。

トートの愛を受入れるということは死ぬわけだが、トートは最初
「生きてるお前に愛されたいんだ」と歌ってる。
一度死んだシシィに命を返したのはそのため。
原作ウィーンでのキリスト教的死生観ではどう考えてるのか。
死ねば、黄泉の国へ行くがその後ずっとそこにいるのでなければ
トートとシシィの関係性はシシィが死ぬその時だけで、死後は
シシィはトートの手から離れて行ってしまう…のだろうか。
そんな関係になるのがわかっていたのなら、何故トートは
何度もシシィを「こっちこ〜い」と誘惑したんだろう。

…などと、考えてしまうのは、ラストのラスト、
シシィが自ら死を受入れ、トートに自分からキスした後
トートがシシィの亡骸を横たえる。
その後のトートのなんとも言えない表情のせい。
これはほんとに、なんと言ったらいいのかわからない。
…というのは、トート閣下自身も、どうしたらいいのか
わからない、という夢から醒めた様な、子供の様な顔をしていたから。

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城田トート閣下。このお顔がそんなえも言われぬ表情になるのをご想像下さい。

この、随所にある「?」や余白が、何度も観たくなる中毒性を
「エリザベート」に感じる理由かもしれない。

単純な男女の恋物語でも、歴史物でも無い、
受け取り方に幅を感じさせる物語。
ルキー二の狂言回しも、史実とファンタジーとの絶妙なバランサー。
それにより、シシィの望んだ自由と死の関係性が、段々と
浮かび上がって来る。
見た事無いが、もしかしたら、オリジナルのウィーン版は日本版の様に、
言葉にならない余白を感じさせるような表現ではないかもしれない。
もっと、毅然としたシシィの自由を求める強さみたいなものが
押し出されてるんじゃないだろうか、きっと。
シシィが主人公で、黄泉の帝王が恋するという設定では無いし、
向こうの方の思考性として、理屈で説明のつかないストーリーに
なることはあまり想像つかない。

少なくとも、東宝版は最後に強烈なカタルシスと、幸福感そして
謎の余韻を感じさせる舞台だった。
自分は蘭乃×城田2回でそう思ったのだが、
それも演じ手の違いでまた全然変わってくるんだろう。

しばらくエリザロスになりそうだが、それもこの素晴らしい舞台を
知ったがための嬉しい代償と考えるしかない。
誘ってくれた姉に、素晴らしい舞台を見せてくれた方々に感謝です。
次回再演がまた博多座に来てくれる事を願って長文の駄文を
終わりたいと思います。

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博多座でエリザベート2回目ーフランツの感想

2016-09-02 Fri 19:12

しまった。はまってしまった…沼に。

前回姉の誘いで初めて観た「エリザベート」。(東宝版)
およそミュージカルでこんないつまでもあとをひいた経験が無く、
今彼等がまだ博多にいるというのにもう一度観に行かなくていいのか?
という気持ちが強くなり…気付くとチケット買ってました。
同じ公演を複数観に行くなんて初めてでございます。
そんなわけで観劇の感想を綴るのですが、自分用の記録みたいな物なんで
興味無い方にはダラダラと大層退屈な内容です。
あくまで個人的な感想という事をあらかじめご了承下さい。

キャストは今回も城田優のトート閣下に蘭乃はなのエリザベート。
ルキーニが成河、ゾフィが涼風真世なのが前と違う。ちびルドルフも
違ってたかな。
9/4が千秋楽で、当然千秋楽、前楽ともとっくに完売だが
なぜか8月末から9/2にかけて、残席があった。
とれた席はA席の後ろから2番目、右側の端に近い場所ではあったが、
実際行ってみると遠くてがっかりという
距離でもない。これが帝劇だったら遠かっただろうが、
コンパクトな博多座で助かった。
でも、野鳥観察用にずっと使ってる双眼鏡も一応持って行った。

で、双眼鏡持って行って正解だった。
前の席のおばちゃんが、遠くて見えにくいのか
度々前のめりになってて、頭がいささか邪魔になるんですわ。
大柄な人じゃなかったし、自分との身長差からそれほど邪魔!という
程ではなかったんだけど。
観劇前の注意でお姉さん達が
「前のめりはご遠慮下さい後ろの方に迷惑です」と
言ってるけど、自分がそうなってるとはわからないんだろう。
もーちょっと座席に高低差があるといいんだろうけどね〜

それよりも、ちょい残念だったのが、となりにいた、どこかからか
遠征してきたっぽいおばさん連れの1人。
一幕が終わり、休憩時間になったとたん、お友達に
「前のキャストの方がよかったわぁ。あ〜〜もう残念」
などとおっしゃる。それも何度も。

ちょい待ちんしゃい、せめて全部観てから場外で語ってくれい。
周りにいる人達が皆あなたのように複数回観てる人ばかりじゃ
ないんだけどなあ。
今日初めて観に来て感激してるかもしれない他のお客さんにとっては
冷や水をぶっかけられるような気持ちになるということを
ちょっと想像して欲しいんだけど。

人間だから好き嫌いもあるし、否定的な意見を言うなというワケでは
ありません。城田トートの手つきが気持ち悪い、ニオイかぐ仕草が嫌だ、
ナルシストなストーカーみたいで好かんタコ、
という意見も中にはあるだろうし。
でも、今日いない別キャストと比較されても…ねえ。
今観に来てるその時間をもっと楽しんで欲しいと思う訳です。
おばさんの言っている「残念なキャスト」に
城田トート閣下は含まれていなさそうなのが
聞こえて来て、とりあえず安心したが…

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買ってしまった。

で、本題。今回は主人公のエリザベート(以下、シシィ)の旦那であり
オーストリア皇帝のフランツについて感想を書きます。

一度観た内容だから筋が分ってるから、二回目はもっと余裕を持って
観れると思っていたのに、より一層時間の流れを早く感じてしまった。
もっと観ていたいのに〜なんだよもう夢が醒めてしまったの?と
エリザロスな気持ちもある一方、これで次回公演まで生きて行ける、
という充足感も。

前回も、聴いていて泣かずにはいられなかった、
皇太子死後も彷徨う皇后シシィと皇帝フランツがやっと会い
2人のすれ違いがこれでもかと浮かび上がる2人のデュエット
「夜のボート」。
2度目もじんわり目が熱くなってきた…
と思ったら、フランツ役の田代万里生が歌の最後の方で
涙流しながら歌ってるじゃないですか。
もう、もらい泣きですわ。

皇太子ルドルフとトートの熱唱に拍手が沸くロックな「闇が広がる」
に比べれば曲調は地味だが、この「夜のボート」は、聴く側の世代が
おそらく上であるほど、自分の家庭生活とつい比べ
いろいろと胸にこみ上げて来るものがあるんじゃないかと思う。

障壁なんて気にしない、2人でいるなら幸せ♡と、あんなにも
歌い上げていた若い2人が(この時の歌詞もこれはこれで、最初からすれ違ってはいるのだが)いつしか完全にすれ違って、旦那が戻っておいでと言ってくれても
ヨメは戻らない。
しかもこの、若い時の幸せなデュエットと「夜のボート」が
同じメロディなのも胸に来る。
多くを求め過ぎるよと言う旦那に少な過ぎると言うヨメ。
人生のゴールは寄り添いたいと言う旦那に2つのゴールよと言うヨメ。
こんなにやさしい旦那なのに。そしてもう厳しい姑もいない。
なのになんでシシィはひたすら旅を続けるのか。

ようく聴いてみたら、歌の中でフランツは何度も「愛している」
と言うのに、シシィはただの1度も言ってないのだ。
2人の歌詞に共通点があるとしたら、
「私の目で見てくれたならあなたの誤解も解ける」というくだりだけ。
だが、これとてフランツの方は「『一度』私の目で見てくれたなら」
に対しシシィは「『いつか』私の目で見てくれたなら」なのだ。
シシィは、フランツがそうしてくれる事を実のところ期待していない
ということなのか。
この溝をなんとする…もう泣きそう。つーか泣いた。

きっとねえ、シシィはフランツの事、嫌いになっちゃった訳じゃないと
思うんですよ。
フランツが皇帝でなければ、自由があれば、一緒にいたかもしれない。
過度なダイエットといい、旅での速度といい、自分を追い込むそれは
なんというか、適応障害だったのかも。
環境が皇帝と皇后じゃなければ。息子がまともに存命だったら。
…というのは、たらればの話。

例のおばさんが、万里生フランツもどうこう言ってた気がするが、
ママの言いなりで青くて堅物で目の前の仕事にしゃかりきになってる
若い頃のフランツから老境の彼にかけて、実にイイ感じで演じ分けてると
思ったんですが。
若い頃はもうほんとにニコニコ一目惚れのシシィに微笑みかけてて
「王子様」(とっくに皇帝なんだけど)なんだが、
そのシシィに「あなたは敵よ」と言われた時の驚愕の表情、
母とヨメの板挟みになるは国政の苦労で次第に悩み深くなる中年期、
そして「夜のボート」で愛を語りかける老年期。
まだ30ちょっとなのに、熟年(老年?)の旦那の一方通行の愛の切なさを
「夜のボート」であんなにも表現できるなんて。

あまりにも切ないが、この「夜のボート」は、
ずっと会えなかったヨメに会えて、それ迄の皇帝の義務とかそういうの
関係無く皇帝が自分の率直な感情を伝えた重要なシーン。
次の皇帝の悪夢のシーンにつながるのがまた辛いが、
それだけに、ここははずせない、フランツ役の人はキモのシーンなんだと思った。

…で、次の悪夢のシーンがねえ、これがもう…
実際に縁者に起こる不幸の紹介を皮切りに、とうとうトート閣下が
本気出す…というか、ここで初めてルドルフとシシィ親子以外の人が
トート閣下の姿を認めるわけです。(活動家を煽動するシーンの閣下はさておいて)
でも悪夢だから夢なのか。
それともトート閣下が夢まで操っているのか。

それまで、存在からして超然として、人間ごときに自分の感情を見せることなど無い(シシィに対してはいろいろな手で迫るけど)トート閣下が、この時初めて自分の最大の目的シシィの旦那フランツに
「エリザベートは俺のもの」とドヤ顔で(しかも高い場所から)宣言する。
シシィを愛する2人の男(黄泉の帝王は人間じゃないけど)同士のぶつかり合いがたまらんシーンです。
前見た時より城田トートの本気度が増してて激しかったのも萌えた。
こういうのが、ライブで、それも長い間公演しているものを何度も見る楽しみなんだと今更知った次第。
キャストが違えば、いや違わなくても、その時の感覚で
同じセリフも違うものになって聞こえるし、役者さんの体温まで違うんじゃないかとさえ思える。

直前に、「夜のボート」でシシィに寂しくも温かく「愛している」と
語りかけた皇帝が、ここではトート閣下に近づく事さえままならず、
ルキーニにはかなりの勢いで地べたに転がされるは、
トート閣下の本気宣言で精神的フルボッコ。もう、ホントに可哀想。

…と、1回目は城田トート閣下の美しさにとにかく目が釘付けだったのと
高揚感で細かいところまで分らなかったけど、万里生フランツの歌と
演技、なかなか…と思って、2回目でより味わい深さを感じました。
この誠実な感じがトートとの対比でたまらんなあと。
なんか万里生フランツ、良いです。じわじわと。
再演があるなら、ぜひまたフランツをやってほしいなあ。

しかし千秋楽に合わせたように台風が接近ってなんなのだ。
ここのところ奇跡的に福岡台風それてたのに…
行かれる方は、ぜひぜひ時間に余裕を持って、おでかけを。


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| かはづ草紙 |