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くろけろ

くろけろ

「たかが電気のために原発を許すなんて」
というのは5月のラジオでの京大小出教授の発言。

「たかが」というのはもっともだ。

エネルギーに食料、通貨管理
(ヒャッハーの時代にはお金はもはやどうかとも思うが)
これを握る人達は絶大な権力というものを手にするらしいが
うすうす感じていても、そんな知り合いいないし
マンガの世界のようなあまりにも巨大な話だった。

しかし、モンサント社の組み換え種子押し付けといい、
原発の問題といい、
悲しいかなそれを実感してしまう時代に居合わせてしまった。

「たかが」ではないでしょ、電気で生命維持のための装置を
動かしてる人もいるんだから。
…と憤るのはちょっと違っていて、
動力としてのエネルギー、電気を否定しているのではない。

その、エネルギーを作り出す手段が、何故こんなにも
ハイリスクな原発でなければならないのか。
という事だ。
手段は、本来選べるもの。

原発は、水力、火力、風力等と同じ、「手段」に過ぎない。
だから、それがこんなにも収束が難しく、
子々孫々に不安をまき散らすものだということが
身にしみて分かった以上、
この手段=原発にしがみつく理由は、無い。

DSC_00001.jpg
これ、ナツメの花。右上の花にいるありんこと比べてもなんと小さな…

今すぐ全てストップしても実のところ問題は無いという説もある。

しかしそれが不安だというのなら、
浜岡を停止させたように危険度の高い炉から早急に停止、
今後は全てを廃炉にする。
…という段階を踏みながらの行動もアリだろう。

なんにしても、停めても比較的安全といえる状態になるまで
数年かかるのが原発。
浜岡だって、停止しても冷却できるまでの間に、
燃料棒を取り出せるまでの間に、
巨大地震がグラッときたらアウトだ。

それを思えば、できるかぎり早急に、原発は停止させていく。
そのための計画を作る段階にあっていい筈。

なにせ震災からもう4ヶ月、冷却水はダダ漏れ、
肉牛はいつの間にかすり抜けてるし
4号炉はピサの斜塔のように傾き続け、倒壊の危険性も
指摘されている。
汚染水で被曝した作業員の方々のその後の報道が一切無いのも
なにやら大変不気味だ。

こんなわやわやな日本を見て、よその賢明な国は
「やっぱ信用ならんしリスクありすぎるわ」と
脱原発の方針に切り替えて行ってるというのに。

当事者のこのちっぽけな地震国が、いまだ
「少量なら大丈夫」「ただちに影響はない」
とかアホな事言っている。

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濃いブルーのもいいけど、
このパウダーブルーのアジサイも涼しげでたまりません。


それどころか、全電源喪失のケースについて
18年前に検討がされる機会がありながら、
原子力安全委員会は「考慮不要」の報告書を提出していた。

どこが安全委員会だ。
あ、「原子力は安全だから安全なんです委員会」なのか。

いつまで、後始末もできない有害な発電方法を
続けられると思ってるのだろうか。

いや、電気の消費者として、原発由来の電気は使いたくない、
という事が実現できるのなら、それにこしたことは無い。

原発大好きな人達によって、これまでは他の発電方法が
実質日陰に追いやられていたが、代替発電の研究が
次第に進んでいるし、消費者の意識は明らかに変わって来ている。

その事は次回で。
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最終更新日-0001-11-30
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