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くろけろ

くろけろ

福島の農産物が他で売れないから
福島内で売られていて、嫌だと思っても他の選択肢が無く
買うしかない、都会の人にこの気持ちが分かるかという
福島の人の意見をどこかで見た。

嫌だと思うなら、仲間を作って訴えるしかない。
嫌と思うのは、安全ではないと思っているから。
…ならばそれを他に売るのはオッケーなのか?


…と、私は残酷にも思ってしまったのだが。

こういう矛盾にも、今の状態で明確な答えを
出せる人はいなさそうだ。

ただはっきりしているのは、
今もなお漏れている放射能は、世界からスペシャリストを呼び
とにかく早急に状況解明と対処をしなければいけないこと。
そして汚染物質は「わかちあい拡散」ではなく
集めて閉じ込める事。
そこは立ち入り禁止区域、国の管理下に置く事。

子供や妊婦、将来のある若い世代は早急に
高濃度汚染地域から避難させること。
(もちろん国の補償で)

さらに、日本のような狭い地震列島で
原発はもうやめたほうがいいということ。

何かあればこれはもう、大いなる国土の損失でしかない。

CA2807160.jpg
先月の昭和記念公園。大川栄策。

いろいろな考えがあって当然だと思うが、
私個人としては、例えばうちのそばにある焼却場や
今後できるかもしれない新たな中間処理施設、
そういうものを受入れたあるいは受入れる、のは
結局のところそこに住む住民
だと考えている。

反対したとしても最終的に
幸か不幸か世の中多数決で決まるので、
それが通らず建てられたとすればそこで暮らすのは
ストレス以外の何物でもないが、
猛烈に反対すればいくらおかしな自治体でも
少しは躊躇する。

意見をまとめられないのは住民の無知と無関心、それに
行動力の無さが原因だと思うが、
そういうところにはそういう施設が
建ってしまう。

CA280751.jpg

ここを見れば分かる。
立川市の焼却場も、小平、武蔵村山、東大和の3市の
共同焼却場も近いうえに、今度はまた3市の廃プラ施設計画。

一度受入れた土地は、そうなるのだといういい例だ。
たいがいは自治体の端、他自治体との境で人口も少ない場所だ。


だから、今回の原発事故では、東電や国の
無責任な対応には当然怒りを覚えるが、
同時になお7号8号機の建設を願っていた地元自治体や
これだけの被害が出ているのに今もまだ推進オッケーと
考える他の受け入れ地元には、自分のいるこの地域がだぶって
なんとも、どうしようもない感情がわく。

今の家があるこの東京郊外は、
ふるさとではないし、ある意味客観的な視点を自分は
まだ持って見ている。ここじゃなくちゃ嫌だという感情は無い。
それでも、これ以上汚染されては嫌だと
思えるので廃プラ施設には反対だ。

だからこそ、なぜ、佐賀の玄海町のような、
代々ずっと同じ土地に住んで来て、土や海が命のような人達が
今も原発を受入れていきたいと思うのか理由が分からない。
ホントの事が言えないだけだと思いたいが…

建設の頃ならば、情報も乏しかっただろうし
高度経済成長で働けばその分豊かになった時代に
夢のエネルギーと言われれば、
村にカネが入ると言われれば
受入れていたのは分かる。

でも、なぜ今でも、当時と同じ考えでいられるのか。
これだけは、理解できない。


こんな疑問を言っても「都会思考の人にはわからんよ」
「カネが無いと暮らせないんだから」
ともしなるのなら、田舎よりも都会
(…ここ、都会じゃないんですけどね)
のほうがいい、と最近思ってしまう。

自分達が誰か他の人達のために犠牲になっている、と思うなら
そういう施設は受入れてはいけない。
受入れたところで他の人達は日頃感謝なんてしていない。
施設の存在すら知らない人だっている。

最終的に泥をかぶるのは「受け入れ」た人達だ。

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最終更新日-0001-11-30
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