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くろけろ

くろけろ

何かに異論を唱える時に、
相手の逃げ場も作っておくのがいいケンカのやり方だと
いう話があるが、生存権に関わるような問題では
逃げ場を作るのも正直難しいこともあると思う。

ドイツ人に知り合いいないし確かめたわけではないが
どこかの誰かが新聞で書いていた事によると
ドイツの人は議論好きで有名だが、
相手を言い負かすまで議論する傾向があるとか。
つまり逃げ場など作らない徹底したケンカだ。
どんなに高齢になろうとナチスの戦犯を追う姿勢にも
それが見える気がする。

その点、日本人はそもそもが空気を読むだの
和をもって、の気質だから、
活発に議論することで自己表現などとは程遠い。

それが全部悪いわけでは無いし
こういう人が何か言う時には逆に「余程の事だな」
と重みを持つかもしれない。
でも「言ったもん勝ち」の海外で
理解を得るのは難しいかもしれない。
誰も、文化宗教民族の違う国の事を
何も言わなければわざわざ思いやれる訳が無い。

あと、特にイギリスのような国では深刻な事も
いや深刻な時こそジョークにする文化があるし、
それがかなりの毒を含んでいたりするので
普段多くを語らない日本がいつぞやのBBC番組の
二重被爆問題の時のような反応をすると、両方の
極端な部分が、急にあぶり出される形になって
余計話がややこしくなる。

日本人が何かを比較しながら自分の意見を言う時に
ジョークだのウィットだのを求められると
多分、弱い。

でも、原発の事では現実にこんな事故が起こって
いまだに責任の所在もわやわやになっている
もはやギャグ未満の実にみっともない事態なのだから、
そのみっともなさを相手に直視させるには、
むしろ推進したくてたまらない方々の言う事を
「お説ごもっともです」と囃すほうが、
鏡を観ているようで相手は嫌になるのではと思う。

口角泡飛ばし、変な論法で相手の質問を避け、
大事な事から逃げている論戦中の自分の映像を
自分で見れば、普通は恥ずかしくなる。

パロディやジョークには、とかく平行線になり
二者択一か、に集約されがちな問題に冷や水をかけ、
全体像を見ろと促す効果があるはずだ。

だから、この動画のようなやり方は、最初は対応にとまどっても
じわじわとジャブのように効いて来るのではないかと
期待している。



これは若手コント集団「尾米タケル之一座」制作で、
画面の下の紹介文には彼等のHPも載っている。
ライブは「完全アウェー」な反応だったというが、
動画自体の評価を見れば、皮肉だと通じているのだから
くじけず続けて欲しいものだ。


大体が行政主導で作られた広報関係は面白くないものだ。
そこに遊び心など無いし、仕事で作られた感しか
漂って来ない。

でも、センスのある人達が自由意志で作る作品は
世界に誇る日本の二次元文化で、鑑賞にたえるものができるはず。
なにも正面きって問題を訴えるのではなく、
こういう、逆手にとったりフェイクしたりということこそ
クリエイターは得意なのではないだろうか。



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最終更新日-0001-11-30
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