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くろけろ

くろけろ

つい最近まで加入していた某生協が毎月よこす薄い冊子に
藤原新也氏が連載しているのだが、
随分思い切った内容を書いているなと思う文章が、
4月号に載っていた。

藤原氏が久し振りに
フクイチから20キロの地点で食堂を営む人を訪れたら
顧客であるフクイチの作業員の人達の話とともに、
食堂の主が長周新聞の切り抜きを渡した。
そこには、もと作業員の談話として身の毛がよだつような
事が書かれていたという。
(以下抜粋)


「原発事故現場では作業員の死亡者が増えています。
公表されているだけでももう5人は”原因不明”で死んでいますが、
実際には事故直後から死んでいる人はたくさんいます。
爆発時も建家内で死んだ人がいたが、”行方不明”で処理されたりしています。
作業し、被ばく死した人間は、キャスクと呼ばれるステンレス容器に
詰められて低レベル廃棄物として処理されたりしています。
…(4号機の)プール内の燃料某が破損した途端に
膨大な放射能がまき散らされます。
東電にはさんざんだまされてきたので、
みんなで逃げる場所を確保しておきたいとの気持ちがあるのは
当然です」

(編集部注として、この引用部分はあくまでも藤原新也氏が読んだ
長周新聞の記事を基にしたもので、事実と確認されたものではない、とある)



藤原新也氏にこの新聞の切り抜きを見せた、食堂の主は
「私の友人は地元の消防団員ですが、原発事故の直後現場に入ったら
8人の人が倒れていて動かなかったらしい。
事故で死んだ人はいないことになっていますが、
あそこはウソの宝庫のようなものですから、何が起こっているのか
わかりません。
だからここではみんな車のガソリンを満タンにしていますよ。
いつ何が起こるかわからないですからね」

と語ったそうだ。

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「あの事故で(直接的に)死んだ人は一人もいない」というのが
東電や、いまだに原発を推進したい政治家その他もろもろの
「いかに安全か」のウソ寒い根拠になっているようだが、
原発から近い、作業員も利用する食堂の主が、自分達に不利になるような
事をわざわざウソついてまで言うとも思えない。
もしかして誇張があるにしても、おそらくは彼らの話のほうが、
真実に近いのではと思う。

強力に隠されているだけで、実際は、私らが公共の電波や新聞で
知らされている事は、特に原発に関しては、殆ど大本営発表
ということなのだろうと思う。

藤原氏は「事故から2年、地元以外のところに住む人々は
もう何事もなかったかのような顔をして日常を暮らしているが
地元との温度差はますます拡大しているようである」
と結んでいた。

しかし、ほんとに、何事もなかったと思って暮らしているのだろうか
自分にはそこはちょっとひっかかる。

この東京の西の郊外の市に隣接する市でも緑茶から基準値超えがあった。
多摩地域M市のシイタケからは今でもコンスタントに高めの数値が出ている。
(国の基準値内ではあるが)
仕事で忙殺され、日々の食べ物の買い物にもいろいろ考えるヒマも無い
という人はともかく、地域によって明らかに数値が違う現象を見れば、
今なお、影響は続いていると考えるのが妥当だ。
むしろ都内で以前より高い数値が観測されている
場所もあるというのに、それへの反応も鈍くなっている事が
とても怖い。

コトがあまりにも大きすぎるために、無力感を味わうという事なのか
気にしていても、仕方ないからとか本当は気になるが言えない
というような諦念が、「地元以外」の東京にも
渦巻いているように感じられて仕方無い。

少なくとも、エラい人が言っているから、TVが言っているから
と安心できる時代ではなくなった、という事なんだろうと思う。
とうにそんなふうに信じていないという人も多いと思うが
実際そうなってみると、これはとっても不幸な事だ。
信頼に値しないと思っている相手に、税金を納めないといけないのだから。
文句を言いながらもお任せしたほうがラクということなのかどうか。

戦中派の方々ほど本来こういう、国の言う事など信じられるか
という意識があるのではと思うのだが、
そして、若年層も、大人の言う事などアテにならんと
常々思っているに違いないのだが、それとは違う方向に
流して行きたい人達が今なお政財界のご意見番みたいな存在で
居続ける事に、なんとも持って行き様の無い気持ち悪さを、
ずっと感じている。


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最終更新日-0001-11-30
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