virtual insanity

ジャミロクワイのあまりにも有名なこのヒット作
「Virtual Insanity」については随分前に
カップラーメンのCFにパロが使われた時に
このブログに書いた。

実際タイトルの「バーチャル・インサニティ」という言葉自体
どう解釈すればいいのかイマイチわからない。

高校の時に流行っていた「洋楽」の歌詞を見ると
ナンダコレと思うような歌詞がたくさんあって、
歌詞の内容を知らないで曲だけいい曲だナと聴いてたほうが
良かったなと思うものがあった。
もちろんそういうのばかりではないし
どう訳するかという事でも大きく印象が変わると思う。

しかし歌詞の綴りを見る限り、
韻をふむという事を重視しているのだろうという事はなんとなく
想像が付き、意味は二の次になっているのかなあ
それとも作った人の国ではわかる言い回しというか比喩的な
表現なのかなあなどと思ったりもした。


しかしこのジャミロクワイのボーカルのジェイ・ケイは
まだ初々しかった頃には特に、
ストレートな政治批判や皮肉の強い内容の歌詞を書いていた人だ。
同時に、スーパーカーを乗り回しブランド物を着こなす生活スタイル
とのギャップを指摘される人でもあるが。
泥酔して店から締め出されたりもするらしいが
ジョン・レノンだってラブ&ピースと謳いながら元妻との子には
酷い言葉を吐いていた人だし、まあ何か作る人というのはフツーじゃないし
聖人君子を求めるのは酷です。

そんなわけで、この不思議かつ暗い魅力のあるPVからして
ただただ韻を優先して意味不明な歌詞を書くとも思えず、
それなりの意味があるんだろう、と思っていたが
和訳した歌詞を曲につけてるのがyoutubeにあったので
これを。
(曲のスピードに歌詞の理解がついて行きづらいけど)



どう訳すか、という事ではヘタすると
正反対の意味にとられる例だってあるだろうし
自分には訳せなそう。(かなり解釈が難解な気がする…)
検索すれば和訳を紹介しているブログもあるようなので
興味のある方はそちらもご覧下さい。
歌詞カード見れば載ってるけどそれをそのまま転載しちゃいけないし。

過去の曲の歌詞を見る限り
この人が今日本で言う所の「1%の」恵まれた人達を
礼賛するような曲を書く筈もないだろう。

かといって多数が支持(というか慣らされている)
している事柄がすべて正しいということにもならないだろう。

D_0184.jpg
前いた家の窓の写真を引っ張りだした

「なんでそんな事が必要なのか?」と思う事に
ロクな根拠も説明せず、役人あるいは一部の企業が
自分の任期、在職中に波風立たなきゃそれでいい、と
ごり押しするのは、どこでも同じなのだろう。
東京都小平市が隣の東大和市に
廃プラスチック処理施設を押し付け、それを東大和市長が
住民の理解がされていないと認識していながらも
「必要な施設」だと受けようとしている構図も一緒だ。
「住民の理解が得られなければ…」と言っていたにも関わらず
目を伏せて通り過ぎようとするのは卑怯者としか言いようが無い。
誰もが、筋道たてて説明できないからごり押ししようとするものだ。
(この廃プラ問題は今もなお関わる市議さんの理解の不可思議さに
驚かされます。関連ブログ現時点での最新記事。←クリック
…というかワザとなんじゃないの?この市議の発言。シュミレーション資料、出てるんだし。
組合と事前打ち合わせしての質問でしょとしか思えない。
東西南北の南だけに排ガスが行くわきゃ、ないでしょ。
こういう人がこの定例会に「組合派遣議員」として出席して
数時間で1回1万超える手当をもらってるってなんだかなあ…)



もうすぐ参院選だが、
どっかの国の一部の企業に都合のいい
遺伝子組み換え作物の表示を緩めるだとか、
その土地固有種の多様性を認めないようにする貿易の仕組みに
賛成する人達には、個人的には絶対投票したくない。
そして、今なお収束なんてしておらず、原因もわからないまま
汚染水を垂れ流してるフクイチの事を「無い事」のように、
そして核燃料の処分も先送りしたまま
「復興復興」「再稼働」と言っていたり、選挙のチラシに「原発」の2文字すらない
政党の人達は、無責任極まりないと自分は考えている。

C_0182.jpg

ジェイ・ケイが「Virtual Insanity」を発表したのは
90年代半ばだったと思うが、
この歌は「核のごみの処分はウチでやりますから
ウチの原発買って下さいよ※とベトナムに原発を事故後の今売り込む
日本の醜悪さには、既に負けている。
※(山田正彦元農水大臣が街頭演説でつい先日暴露)

まさかジェイ・ケイも日本のこんな自虐ネタは想像もしなかっただろう。
そして彼は何も遠い未来の事を言っているのではなく
今あるいはもうその流れに陥ってしまっている現状と
それを知ってか知らずか「認めて」しまっている「僕たち」に
諦めにも似た感情でもって歌っているのかと思える。

日本にも、名だたるミュージシャンがいる筈なんだが…
こういう皮肉を込めた曲作ってヒットさせるってこと、
できないのかなあ
もう御大みたいな人はいまさら事務所に迷惑が、とか配慮してないで
稼いだんだし、自分の思う所をストレートに表現すりゃいいと
思うんだけど、芸能界なんてところはもうよくわからない
上下関係や不文律に固まっちゃった世界なんだろうきっと。

そこらへんの自由度とクリエイティブな皮肉屋加減は
日本人はエゲレスのお方には、かなわないのだろうなあ
残念だけど。

少なくとも、ワタクシはマゾではないので、この歌にある
"I can't see, I can't breathe No more will we be"
な状態にはなりたくないなあと思うし、そんな流れに
羊の群れを持って行こうとしている人を、支持はしません。
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